エジプトとハマス接近:あわてるアッバス議長 2017.7.11

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写真出展:アルジャジーラ

アッバス議長がハマス切り捨て政策を開始し、議員としてのハマスへの給与を差し止め、ガザ地区の電気代をイスラエルに払わなくなったことで、さらに電気の供給が減るなど悲惨を極めるガザ地区。アッバス議長は、ハマスを追放し、一つのパレスチナにしたいのである。

ところが、ガザ地区ハマスとエジプトが、互いの利益のために近づきはじめた。またそのエジプトの下で、ガザ地区の悲惨を救うかもしれないパレスチナ人の政治家が現れ、アッバス議長のハマス切り捨て政策が失敗しそうな動きになり始めている。

あわてたアッバス議長は8日から、急ぎ、カイロのシシ大統領を訪問している。

<エジプトとハマス接近:シナイ半島のISISに苦戦により>

1)ハマスがエジプトとの間に緩衝地帯設置へ

イラクでISISに占領されていたモスルが昨日、包囲攻撃から9ヶ月たってようやく解放されたことは、日本のニュースでも報じられていることと思う。しかし、 ISISはイラクだけではない。

イスラエル周辺では、ゴラン高原南部と、シナイ半島にISISがいる。シナイ半島はエジプト領なので、エジプト軍が、その撃滅に奔走しているが、苦戦をしいられている。先週もシナイ半島北部で、自爆テロがあり、エジプト軍兵士23人が死亡した。

こうした中、エジプトはハマスと接近しはじめている。ハマスや、その他のイスラム組織が、ガザとエジプト(シナイ半島)の国境ラファから、シナイ半島のISISや過激派組織へ、武器等の搬入や、ISIS戦闘員をガザ内部にかくまうなどして稼いでいるとみられ、その取り締まりのためにガザの責任者ハマスとの協力が必要になってきたのである。

ハマスは現在、パレスチナ自治政府(ファタハ)との抗争から電気代を止められ、イスラエルからもエジプトからも電気をとめられ、1日2-3時間の電力という悲惨な状態になっている。このため、ハマスとしてもエジプトとの和解は、望むところである。

利益が一致したハマスとエジプトは、先月から交渉を続けており、ハマスは先月、エジプトから発電所の燃料を都合してもらうかわりに、問題のガザとエジプト(シナイ半島)との国境に緩衝地帯(長さ12キロ、地下10マートル)を設けることで合意した。基本的に、正式な場合以外にこの中へ人が入ることは禁じられることになり、テロ組織への物資の搬入や移動は難しくなる。

これはすなわち、エジプトとハマスは、防衛において協力関係になったということを意味する。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/232182

2)ハマスへの助け舟:マフムード・ダーラン氏をエジプトが容認か?

エジプトとハマスが接近しはじめたと時を同じくして、ガザに働きかけを再開したのが、元ガザ出身だが、アッバス議長と同じファタハ所属の政治家モハンマド・ダーラン氏である。ダーラン氏は、2007年に、ハマスがガザの主導権をファタハから奪った際に、ガザから追放された。

ダーラン氏は、アッバス議長の最大のライバルであり、時期議長とも目される一人だが、ただ残念なほどにカリスマがなく、パレスチナ市民の間で人気もないため、最近はあまりダーラン氏の名前を聞く事もなくなっていた。

しかし、もとから経済力があり、ガザから追放された後、海外で生活する中で、さらに経済力をつけ、湾岸アラブ諸国との太いパイプも持つようになっていた。

そのダーラン氏が、今回、エジプト政府高官の監視の元で、ハマスと会談し、新しい政治体系を提案したという。それによると、ガザ内部の政治、治安については、ハマスがこれまで通り責任をもつが、エジプトはじめ、外交、貿易に関してはダーラン氏が請け負うという形である。

この申し出とともに、ダーラン氏は、ガザ地区に発電所を設立する他、ガザの産業に1500万ドルを投資すると申し出た。この発電所が完成すれば、ガザは発電に関して自立も可能になる。なお、この発電所はUAE(アラブ首長国連邦)が、出資し、エジプトが運営するという形をとることになる。

ダーラン氏は、ガザ活性化のビジョンとして、ガザとエジプトとの国境を解放し、物資の移動を可能にすることをあげている。そうすることで、ガザ内部の物資の価格は下がり、ガザ住民もエジプトに自由に移動が可能となる。ガザの生活は著しく改善されると期待できるというものである。

これはガザの市民生活がいよいよ危機的状況となり、反ハマス運動にまで発展しかねない状況の中、ハマスには大きな助け舟といえる。

この案は、ガザが、カタールからの支援を必要としなくなるということになり、エジプト、また現在カタール村八分をしている湾岸諸国にとっても、都合がよいい。エジプトが、ダーラン氏とハマスの会談をサポートしたのはそのためである。

しかし、これは、ハマを排斥し、ガザをパレスチナ自治政府の下に統括しようとしているパレスチナ自治政府のアッバス議長からすると、まったくおもしろくない動きである。味方だと思っていたエジプトが、ハマスに生き残りの道を提供したようなものだからである。

また、ダーラン氏の案に助けられたガザ市民をエジプトがたきつけるなどして、ハマスを転覆させ、ダーラン氏をガザの管理者にしてしまう可能性もある。

ダーラン氏がアッバス議長の後継有力候補であることから、そのままダーラン氏がガザも西岸地区も統一させるというシナリオも全く不可能ではない。

ただし、ハマスはかつてダーラン氏を追放したほどの敵同士である。そのダーラン氏の案をハマスが受け入れるかどうかは、まだ不明である。

www.timesofisrael.com/dahlans-grand-plans-for-gazas-revival-threaten-to-sideline-abbas/

こうした状況を受けて、アッバス議長は、8日、急遽、カイロのシシ大統領を訪問した。

しかし、ハマス潰し、またはハマス吸収をもくろむパレスチナ自治政府のアッバス議長が8日、エジプト入りし、シシ大統領と会談を行った。会談の内容は伏せられているため不明だが、ダーラン氏を迎え入れたエジプトに説明を求めたとみられる。

3)イスラエルとハマスの人質交渉

ここ数日、エジプトにて、イスラエルとハマスが、3年前のガザとの戦争で戦死した兵士2人の遺体と、ガザに自ら迷い込んだイスラエル人3人(ベドウィン2人、エチオピア系ユダヤ人1人)と交換に、イスラエルの刑務所にいるパレスチナ人テロリスト数百人を返還するという交渉が行われているもようである。(イギリス紙の情報)

もちろん、交渉はエジプト高官をはさんだ間接的交渉である。この交渉は、アッバス議長がカイロを訪問中にあえて行なわれたようだが、今の所、実際の動きはない。

イスラエル国内では、右派ユダヤの家党ベネット氏が、「遺体とひきかえに生きたテロリストを返還することはない。」と言うなど、兵士誘拐の結果、交渉でテロリストを返還するというパターンは、誘拐を促進する結果になるとして、反対する意見が相次いだ。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4987172,00.html

2014年以来、遺体をハマスにとられたままになっている兵士ハダール・ゴールディンさんの家族が、遺体と高官にハマスにご褒美を与えるようなことはせず、また戦争で叩き潰すこともせず、国際社会も協力してハマスに支援物資を供給するのではなく、しめあげて降参させるパターンに変えるべきだとの意見を、アニメクリップで訴えた。

www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Goldin-family-releases-video-calling-for-change-in-approach-to-Hamas-499219

4)イスラエルがジェニンに変電所開設

アッバス議長がイスラエルへのガザ地区電気代支払いを差し止めたことから、ガザ地区の電気は1日4時間以下になっていることはお伝えしている通りである。

それを横目に10日、イスラエルとパレスチナ自治政府が合意の上で、西岸地区のパレスチナ人地区ジェニンに建設した変電所が開設された。イスラエルから供給される電気がここからパレスチナ人家屋へ流される。

これにより、今後、パレスチナ人家庭への電気の供給や支払いについて、イスラエルの電力会社が直接パレスチナ民間の電力会社と交渉する必要がなくなるという。つまり、双方にとって益となるということである。

この変電所を建設したのはイスラエルだが、出資はアメリカ、EU投資銀行、イタリア、スペインとなっている。この後、2018年末までに、ナブルス、ヘブロン、ラマラにも変電所を建設する計画になっている。

開設式典では、イスラエルのユバル・ステイニッツ・エネルギー相と、パレスチナ自治政府のハムダラ首相が、テープカットを行った。

こうした市民レベルでの協力が、将来、イスラエルとパレスチナの和平につながればとは、双方が考えているようである。現実は難しいが・・・。

<石のひとりごと>

エジプト、ハマス、パレスチナ自治政府、そしてイスラエル。結局のところ、皆、同じ地域に住むので、互いに関わらずには生きていけないということのようである。しかし、そこは中東。それぞれが、関わる動機は、絶対に愛や友情ではない。

常に、自国にとって有益になるかどうか、ということが動機である。敵が同じになれば、味方にもなるが、その翌日にまた敵になる可能性も十分ある。そういう意味では、今のトランプ大統領はもしかしたら中東の原則を、オバマ大統領より理解しているのかもしれない。

イスラエルでニュースを追いかけていてひとつわかってきたことは、イスラエルを含め、中東では「約束は守るものである。」という意識がないということである。むしろ、「約束などは、大方は守られない。」というのが常套である。

ネタニヤフ首相を含め、政治家の口から出てくる公約を、ほとんどのジャーナリストは信用していない。それが実現するまでは、あまり意味があるとは考えていないのである。また、実際には約束が守られなかったとしても、だれも気にもとめない。そういうことは、常だからである。

政治家の口約束に踊らされず、実際におこっていること、それを伝えていくことが大切と、あらためて思わされている。。。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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