ゴラン高原で、イスラエル軍がシリア人負傷者を引き受け、治療していることはすでに周知の事実である。ゴラン高原から約40分の町、ツファットにある、ジフ病院を訪ねた。
この病院では、2013年にイスラエル軍がシリア人負傷者の医療支援をはじめてから、これまでに約600人のシリア人を治療。搬送されてきた600人のうち、590人は治療の後、シリアに戻っている。
現在、院内にいるのは7人。この病院に搬送されてくるシリア人の患者は、80%が、かなりひどい外傷のケースだという。整形外科主任のアレキサンダー・ラーナー医師の報告を聞いた。
多くの写真とともになされる解説に、記者団一同、開いた口がふさがらなかった。まさにすでに人間の形とは思えないほどの損傷を受けていたり、ほとんど切断された状態の手足を切断しないで温存し、”普通の人間の形”にして、歩けるようにまでしているのである。
<壮絶な爆弾外傷との戦い>
爆弾などによる傷というのは、文字通り手足や体の肉がもぎとられている。そのちぎれ方は、まさになんの容赦なく、肉片をちぎったようなむちゃくちゃなちぎれ方である。
小さな子供の肩がぱっくりと開いていたり、上腕が真ん中あたりでちぎれて肉がぐちゃぐちゃに開いている。体の信じられないような部位が、ごっそりえぐられて赤く開いたままになっている。病院にたどりつくまでには、感染も併発している。
それを洗浄し、手術を繰り返し、失われた骨の変わりには人工骨をうめこみ、肉が盛り上がるのを助けて”普通の体の形”に戻すのである。これほどの傷でも、最長3-4ヶ月で、シリアに戻って行くという。
あるケースは、爆弾によって、ももから膝にかけての肉が25センチの深さにわたってえぐりとられ、ひざのあたりから、80%は切切断してしまった状態だった。当然、膝蓋骨もえぐりとられていた。
80%といえば、文字通り皮と少しの肉でつながっているだけの状態だ。普通ならば切断しかない。しかし、医師たちは、患者がまだ若いので回復力があると見て、温存を決めたという。
治療では、ちぎれかけた足をえぐられた部分をかばうように折り曲げて(つまり、膝を普通と反対向きに曲げた状態)、肉がもりあがってくるのを待ち、手術を重ね、対外固定デバイスでゆっくりと、まっすぐにして、”普通の形”の足にしていた。
また、入院時の写真をみると、片手片足は切断されてすでになく、胴体も臀部から肉がえぐりとられて、無惨な肉片状態の少年がいた。しかし、次の写真では、少年が普通の服を来て、歩行器で立っている。そこに至まで、わずか4ヶ月だったという。これは驚きだった。
患者たちの多くは、10才未満の子供たちか、若い世代である。だから、医師たちは彼らの回復力にかけて、ちぎれそうな手足を温存する。患者の治癒への執念と、何度でも手術を行う医師たちのけたはずれの熱意の結果である。
写真:ジフ病院提供 シリア人負傷者とラーナー医師とスタッッフ
イスラエルが、なんの益もないのに、チャリティだけでこうした仕事をやるはずがない。なにか密約があるとも言われている。しかし、それが、あろうがなかろうが、他人のために、もっというなら、自分を憎んでいる者たちのために、ここまでの治療をほどこす国は他にないだろう。
とことんまであきらめない、また迫害された経験のあるユダヤ人ならではの恐るべき底力だと感じた。
<治療費はイスラエルの民間人も献金>
ほぼすべて治療には、高価な義足が必要になる。ラーナー医師によると、修復に使うデバイスや義足などで、一人平均15000ドル(約180万円)かかっている。その費用は、なんと、イスラエルの民間人からの献金だという。
また、病院の社会福祉士によると、シリア人たちは医療だけでなく、着るものなど生活必需品もまったくない状態でやってくる。それらもイスラエル住民の善意でカバーできているという。
ラーナー医師は、「この病院は野戦病院ではない。一般の病院である。通常業務に加えて、シリア人患者の治療をする事はかなりの負担となる。しかし、これが、地域の平和への布石になればと思っている。」と語った。
<イスラエルへの批判とその立場:イスラエル軍スポークスマン>
上記のような大手術であっても、シリア人の患者たちは、数週間から、最大数ヶ月で、再びシリアに戻っている。
ゴラン高原のアラブ人人権保護を監視しているニツアール・アユブさんは、「患者を治療しているイスラエルには感謝している。しかし、大手術をしてまだリハビリも終えていない状態で、戦場のシリアに戻すのは残酷だ。内戦が落ち着くまでは、イスラエルに滞在できるようにすべきだ。」と訴えている。
またアユーブさんによると、イスラエルはISISをも含む過激派をも治療しているという。そういう者たちは、治療後、シリアに戻して、再び戦闘に加わらせるべきではないと批判している。
実際、ジフ病院でシリア人負傷者3人に会ったが、3人は全員、20代から30代の男性だった。1人はシリア人の医師で、2人は民間人と言っていたが、彼らの年齢からしても、なんらかの戦闘に関わっていたようにも見えた。
イスラエル軍スポークスマンのピーター・ラーナー氏は、負傷者の治療行為は、純粋に医療的観点だけであることを強調。患者が何者かについては、イスラエルには関係ないし、興味もないと説明した。
いわば、戦場では敵味方に関わらず救出する赤十字の方針である。しかしそれは、もしかしたら、ISISを治療している可能性もあるということを意味するのだが、現在ゴラン高原・シリア側は、アルカイダ系のアルヌスラが支配している。実際にはISISが入り込める状況ではない。
「イスラエルがただのチャリティでこんな危険なことをするはずがない。何が目的か。」との質問に、ラーナー氏は、イスラエル軍は、今患者のやりとりをするこのシリア側の勢力との接点を維持したいと考えていると言っていた。
いずれにしても、患者たちは、一応落ち着いたら、いつどのようにかは全くわからないルートで、シリア側に引き渡されている。病院も患者が、病院から軍に連れて行かれた後は、どこへ消えたかは全くわからないと言っていた。
ラーナー氏は、「患者の移送が極秘で行われるのは、任務に関わるイスラエル兵を危機に陥れないようにするためだ。」と説明した。
また、ラーナー氏によると、患者の方でも、イスラエルに残留を希望する患者は、これまで一人もなかったという。これはアユーブ氏の主張と違っている点である。
早すぎる時期に退院させるのは、無責任なようでもあるが、もし患者の素性がわかったり、内戦が終わるまでイスラエルに残留を赦すようなことをすると、内戦に関わることになり、イスラエルの無干渉の方針を守れなくなってしまう。
中東で、その存在自体を脅かされているというイスラエルの特殊事情を考えると、そこまで要求するのは難しいのではないか。イスラエルとしては、できる限りのことはやっているというのが、ラーナー氏から伝わってきた思いだった。
*余談になるが、現在ジフ病院にいるシリア人3人と、アユーブさんらが口をそろえて言っていたのは、「アサド政権が排除されない限り、解決はない。アサドは国民に対して相当な残虐を行っている。」ということだった。
しかし、中東情勢の専門家たちがこれもまた口を揃えて言っているのは、「アサド大統領は居座る」ということである。シリア情勢の奥深さは相当なようである。