最近、イスラエルで発生しているテロは、犯人が、斧やナイフで襲うというタイプである。こうしたテロの場合、ナイフで何度も刺されるという究極の恐怖とともに、犯人の憎しみに満ちた顔を見る事になる。被害者に残る心の傷は、ニュースにはならないが、その人のみならず、家族の心も一生しばることになる。
先月、マアレイ・アドミムのショッピングセンターの警備員ツビカ・コーヘンさん(48)が、エレベーターの前でパレスチナ人に斧で何度も殴られ、瀕死の重傷を負った。ツビカさんは、今もエルサレム市内の病院の脳神経外科ICUで、人工呼吸器につながれたままである。
このテロ事件でパニックになったのが、ツビカさんの兄ラミ・コーヘンさん(52)だった。ラミさんは、16年前の2000年、タクシーの運転手をしていて、パレスチナ人乗客に襲われ、ナイフで11回も刺されて重傷となった。今ツビカさんがいる集中治療室にラミさん自身もいたという。
ラミさんは、16年前、憎しみに満ちた顔で「アラー・アクバル!」と叫びながら、自分を何度も何度も刺したパレスチナ人のことを、今も鮮明に語っている。ナイフが何度も自分の体に突き刺されるなかで、「命がなくなる・・」と思ったという、そのときの恐怖は、実に想像を絶するものである。
ラミさんはこの時以来、障害者となり、心もPTSDで悪夢に悩まされるようになった。当然、タクシーの運転手はできなくなった。タクシー車両は10万シェケル(約350万円)で購入したばかりだったが、売りに出した。テロで血まみれになった車である。わずか1万シェケル(35万円)にしかならなかった。
この事件当時、ラミさんの弟で、今は被害者になったツビカさんも、心理的に大きく影響されていたという。ツビカさんの妻によると、恐怖で悪夢を見るようになっていた。そんなツビカさんが、警備員になったのは、大手食品会社を、40才を過ぎてから突然解雇され、他に仕事がなかったからだった。
ツビカさんには、13才になる双子の息子がいる。来月には、2人のバルミツバ(成人式)を盛大に執り行う計画だった。しかし、このテロ事件を受けて、家族は祝賀会をすべてキャンセルした。シナゴーグでのバルミツバでは、2人のおじが父の変わりに立ち会うことになっているという。
数えきれないほどのテロ事件。ニュースはほんの一瞬で通りすぎていくが、一つ一つの事件の後には、長く続いて行く家族たちの苦しみ、悲しみが始まったばかりだということを改めて思わされた。
テロ被害で負傷し回復した人が語る苦しみ:http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4774746,00.html