アメリカ議会がオバマ大統領のシリア攻撃案の議論を始めた直後、ロシアのプーチン大統領が突然、シリアのアサド政権に全化学兵器を返上させた後、破棄破壊するという案を持ち出した。
シリアはこれに応じると発表。オバマ大統領も、シリアがどの程度本気なのか、様子を見たいとしてシリア攻撃を保留にすると発表した。ただし、臨戦態勢は継続し、もし、これがたんに時間稼ぎにすぎず、化学兵器返上が実行されないなら、攻撃すると言っている。
<ひょうたんからコマ!?のどんでん返し>
ロシアがこの突然の案を持ち出す直前、ケリー国務長官が、記者会見で、「アメリカがシリアへの攻撃を中止するとしたらどんなことが考えられるか?」と聞かれ、「来週中にでもアサド大統領が、化学兵器全部を国際社会にひきわたすようなことがあれば。・・まあ無理だとは思うが。」と答えた。
ロシアが、化学兵器返上案を出したのはこの直後である。シリアがロシアの提案を正式に受け入れると発表したため、これまでのすべてがひっくりかえったようになった。
まず、オバマ大統領は「今後のシリアの動きをみきわめたい。」として議会でのシリア攻撃に関する採択を延期。
オバマ大統領は、イギリスとフランスに声をかけ、ロシア・中国も含めてこの問題を安保理で話し合おうと提案している。(実際には、まだ早急だとして、10日夜に予定されていた安保理緊急会議はキャンセルされた。)
<おおむね全員ををまるく治めた?化学兵器返上案>
今回、ロシアはまるで救世主のように現れて、八方ふさがりのシリア攻撃を”とりあえず”の回避へ導いた形となった。
かつて日本では、明治維新前夜、強力な武力を持つ薩長が同盟を結び、江戸総攻撃目前となっていた時、その直前に、徳川慶喜が政権を返上し、内戦を回避したことがあった。若干それに似たパターンである。
アメリカの脅迫により、戦争をしないで、ロシアとシリアを動かしたということで、アメリカの権威も保たれた形である。また、もしシリアが、ロシア案にそって化学兵器の返上を世界が納得いく形で実行しなかった場合、そのときにはシリアを攻撃することについて、国際社会や議会からの支持は格段得られやすくなる。
ヨーロッパは最初からシリア攻撃には反対していたので、このロシア案は歓迎している。
<ロシア、シリア、イランも助かった?>
ロシア案はアサド政権も救った形となった。アサド大統領は、アメリカの攻撃を避けただけでなく、化学兵器を返上するだけで、民衆殺害については、とりあえずはおとがめなし状態である。政権が維持されることにはまったく触れられていないので、アサド政権が生きのびる可能性すらある。
これはイランにも好都合となった。イランにとってアサド政権が支配するシリアは、地中海へのアクセスなど、中東での権力維持には欠かせない存在だ。今回、アメリカが攻撃を保留してアサド政権が維持されるなら、ヒズボラ、シリア、イランの回廊が維持されることを意味する。
以上のことから、ロシアは、今回の突然の介入で、大いに株を上げた形となった。同盟国シリアを温存し、かつ、欧米との関係も維持したからである。
<イスラエルにとってはどうか>
シリア問題でイスラエルの最大に懸念は化学兵器がヒズボラの手にわたることだった。シリアが化学兵器を完全に返上することは、イスラエルの治安にとっては大きな前進である。
しかし大手をふって喜べないのは、化学兵器返上だけでは、アサド政権には大きな痛手にならない点である。
アサド政権が生きのびている限り、ヒズボラ、シリア、イランの連絡網は分断されない。イスラエルにとっては反政府勢力のスンニ派聖戦主義者らよりも、このシーア派3兄弟のほうが脅威だとも言われる。
いずれにしてもイスラエルは、シリアが本当に化学兵器を返上するのか、かなりの疑いの目で、今後の動きを注目している。
<オバマ大統領:臨機応変かポリシーなしか??>
このロシア案が発表される直前まで、ケリー国務長官は、シリア攻撃への支持基盤を得ようと相当精力的に、海外を飛び回り、熱弁を繰り返していた。
そのケリー国務長官熱弁直後の、オバマ大統領の攻撃保留発言である。アメリカ国民の中からは、戦争回避はいいとしても、オバマ大統領のじぐざぐの動きに、ポリシーを疑う声も少なくない。(BBC)
イスラエルにしても、これまでの沈黙を破って、アメリカ議会にシリア攻撃を承認するよう動き始めたところだった。AIPAC(アメリカ・イスラエル政治協力団体)も、いよいよシリア攻撃へのロビー活動を展開していたのである。
いまや、この人々が、まるで戦争したい”悪者”に挙げられる可能性もある。今後オバマ大統領にどの程度ついていくのか、大統領に一番忠実な同盟国にとっては、考えどころになりそうである。