先週、2月18日(水)、アウシュビッツを生き延びて、その後の人生をアメリカで過ごしたシャーロット・ロスさん(96)が、正式に、アメリカからイスラエルへ移住した。
ロスさんは、チェコスロバキアで生まれ、1944年、14歳の時、過越しの時に、家族と共にゲットーへ強制移住させられ、その7週間後のシャブオットの時に、全員、列車でアウシュビッツに送られた。

アウシュビッツ到着後の選別で、ロスさんは、母と兄弟たちと引き離された。これが家族との最後になったという。
ロスさんは、裁縫ができたため、アウシュビッツで強制労働に従事させられたが、なんとか1945年の終戦まで生き延びることができた。
戦後、故郷に帰ったロスさんは、唯一生き残っていた父親が、家族は全員虐殺されたとの誤った情報を信じて、自殺していたことを知って、打ちのめされたという。ロスさんは、家族の中で、たった一人の生き残りだった。
まだティーンエイジャーだったが、ロスさんは、難民キャンプで過ごす中、結婚。第一子が与えられた後、家族3人で渡米した。しかし、名前を新しくするところから始まり、新しいパスポートを取るなど、全く新しい人生を始めることとなった。

その後、3人の子供に恵まれて子供は4人。その子供たちから26人の孫が生まれた。さらに、その孫たちから11人のひ孫が与えられている。
その多くは、イスラエルのネタニヤに住んでいる。ひ孫のうち、5人は現在イスラエル軍に従軍中である。
ローズさんは、年に2回は、イスラエルにいる家族のところに来ていた。81歳の時に、マサダを登ったという。
最初、イスラエルで銃を担いでいるイスラエル兵を見ると、戦争中のことを思い出して恐怖を感じたが、今は、逆に安心感になっているという。
昨年秋、ローシュ・ハシャナ(新年)でイスラエルに来た時に、移住を決意。ネフェシュ・ベ・ネフェシュを通じて手続きを開始した。この2月、戦後80年、96歳にして、ついにイスラエル人になったのであった。
石のひとりごと
家族を全員殺され、たった一人でアウシュビッツを生き延びたロスさん。これほどの不条理でも怒りと絶望に支配されることなく、人生をスタートさせていった。わずか15歳である。
ナチスは、不条理極まりない中で、家族を全て奪い、自分をも殺そうとした。しかし、今はこれほど多くの家族に囲まれている。まさに、痛みと絶望、怒りにも負けず、“What you have to do, you have to do”(今、生きていくためにしなければならないことをする)と立ち上がっていったロスさん。
「私は勝利した」と言っているのは、ナチスに勝利したというだけでなく、ありえない不条理と絶望に勝利したということもさしていると思う。ホロコーストサバイバーからは、本当に多くの学びと励ましをもらっている。
またもう一点、知ってほしいことは、96歳を高齢者扱いしない、逆に敬意を払うユダヤ人とイスラエルの文化である。日本なら、96歳にもなって、皆の迷惑になるだけだからと移住は進められないだけでなく、もしかしたら、国からも断られるかもしれない。しかし、イスラエルは違う。(現状としては、高齢者福祉に問題がないわけではない)
ホロコーストサバイバーということもあるが、96歳という高齢の移住を、非常な敬意を持って受け入れている。ロスさん自身も、96歳という年齢で、自己卑下する様子もまったくない。*政治経済的現状としては、高齢者福祉に問題がないわけではない
聖書に価値観を置くユダヤ人たちは、基本的に、それぞれの存在は神である主が造られたものという理解がある。そのため、まずは、存在そのものに価値を見ており、どれほどの働きができるのか、社会に役立つ能力があるかないかという点だけで、その人の価値観を判断しないのである。
無論、できないこと、助けてもらわなければならないことは出てくるが、それでその人の価値は下がらないということである。それを前提として、それぞれにできること、社会に貢献できる点は何かを考える。聖書を信じるクリスチャンとして、私もこの認識は持ち続けていきたいと思う。
最後にもう一点。日本では結婚しない人が増えてしまったが、もし結婚していたら、これほどの人数が世に生み出されていたのに、それがゼロだという大きすぎる違いを実感させられる。家族を持つことのすばらしさ、それこそが勝利であるということをユダヤ人たちは、よく知っている。
自分はもう間に合わないが、日本の次世代の若者には、こういうすばらしさも知ってもらえたらと思うところである。石おばさんのひとりごと・・
