1月 26日(月)に、ガザから遺体で帰還したラン・グヴィリさん(24)の葬儀が28日(水)、彼の故郷、イスラエル南部メイタルで行われた。
遺体を搬送する車の道路脇には、イスラエル兵たちが並んで敬礼したほか、市民たちも大勢はイスラエルの旗を振って見送った。
葬儀には、ヘルツォグ大統領、ネタニヤフ首相、ベン・グビル国家安全保障相、オハナ国会議長も出席していた。
また元人質たち、人質家族フォーラムなど関係者たちも参列していた。葬儀の様子は、YouTubeで、生中継された。
2023年10月7日当日、ランさんは、肩を骨折しており、ガザから車で50分ぐらいの町メイタルにある自宅で、手術を待っている身の上だった。
しかし、ハマスによる襲撃の知らせが入ると、エリートの特殊警察部隊員であるランさんは、すぐにユニフォームを着て、バイクで現地へ向かい、キブツ・アルミムに着いた。
そこで数時間、数人の警察やイスラエル兵とともに、キブツに侵入しようとしていたハマスと戦った後、殺害され、遺体としてガザに拉致された。
この勇気あるランさんたち、わずか数人の治安部隊のおかげで、このガザ周辺のキブツでは、大勢の犠牲者が出ている中で、珍しく、住民に犠牲者が出なかった。キブツ・アルミムは、後に、ラン・グヴィリさんを「アルミムの防護壁」と呼んでいる。
それから2年数ヶ月。最後の50日は、遺体はたった一人でガザに取り残された。その後、帰ってきた遺体には、驚いたことに、欠けたところがなく、ユニフォームも着たままだったという。
帰ってきた息子に遺体に面会し、息子に触れた父親のイツィクさんは、「1年半で初めてだった。戻ってよかった」と感情を込めて語っていた。

葬儀では、息子への栄誉とその感謝を表明しつつ、もういないことへの寂しさも繰り返した。
ランさんの妹は、「もう笑いはない。バイクを見るたびに思い出す。ある時は微笑むが、ある時は、心に矢が刺さった思いがする」と語っていた。
母親のタリクさんは、ランさんが泣かないでと、言っていると語り、「私たちは、多様だが、一つの強い国民だ。私たちはここから出ていかない。皆同じところにいる」と亡き息子に語りかけた。

ネタニヤフ首相は、葬儀において、必ずハマスを打倒すると宣言。拍手を浴びた。
またランさんが、10月7日に殺される前に、テロリスト14人を殺していたと語り、「イスラエルの敵は今、ランさんの母親、タリクさんを見るべきだ。敵は必ず敗北する」とも語った。
葬儀は、イスラエル人全員にとって、2023年10月7日の大惨事に区切りを宣言するものだった。
2014年以来、初めてガザに取り残されている人がいない時を迎えた。悲しいが、Life goes on. 今ようやく回復へと歩み始めることになると言われている。
