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ロシアのユダヤ機関閉鎖危機
先月、ロシア政府が、国内のユダヤ機関に難しい条件を出し、守られなければ法的に閉鎖に向けて動くとの警告を突きつけていたが、21日、ユダヤ機関に違法があったとして、ロシア法務省が法廷にその解散を求める訴えを起こした。
ラピード首相は、「これは両国の外交関係に最悪の結果をもたらす」と、強気姿勢で警告を示し、話し合いのための代表団を派遣すると発表した。*これについてはロシアの受け入れが明らかになってからになるもようで、まだ明確な日程は不明。
その数日後の25日、ロシアは、ロシア人だがイスラエル国籍ももっている政治家、レオニド・ゴズマン氏の身柄を拘束した。2国籍であることを隠していたとの“犯罪”の可能性が指摘されている。ゴズマン氏は、きちんと報告したと主張しているが、ロシア政府は報告の時期が遅かったと言っている。
ゴズマン氏は、ユダヤ人で、ロシア国内では、ウクライナ侵攻に反対する立場を表明し、侵攻初期のころにロシアを出国していたが、この6月に“道徳的”な動機から、帰国していたという。もし裁判で違反とされた場合、罰金か、罰則労働に課される可能性がある。
ロシアとの関係はイスラエルにとっては非常に重要である。緊張するイランとの対立において、ロシアの協力は不可欠である。また、ロシア国内には、まだ20万人以上のユダヤ人がいる。
ロシアとイスラエルが対立すると、ロシア国内のユダヤ人への反ユダヤ主義暴力が始まっていく可能性が高まる。こうした背景から、ベネット首相、その前のネタニヤフ首相も、プーチン大統領との関係には、非常に神経を使ってきたのであった。
また、時代は変わり、移住申請は、オンラインでできるし、面談も、ユダヤ機関オフィスでなく、イスラエル大使館でも行えるからである。こう考えると、ロシア国内のユダヤ機関の存在と引き換えに、イスラエルとロシアとの良好な外交関係を失うことは、イスラエルの国益にならないという分析が多い。しかし、ラピード外相の態度はなかなか堅そうである。
プーチン大統領は、ラピード首相に、首相就任を祝うメッセージを送ったという。しかし、ラピード首相は、これに応答しておらず、今のこの緊張が高まる中でも、まだプーチン大統領に電話もしていない。ベネット首相やネタニヤフ首相なら、とっくにプーチン大統領に電話して、ことを丸くおさめようとしただろうと言われている。
これまでの流れからすると、ラピード首相は、非常にまっすぐな性格で、誤ったことは受け入れない人ではないかと思う。ロシアが今、ウクライナで恐ろしい侵攻を続ける中、プーチン大統領と手をとることは、ラピード首相にはできないのだろう。だから、これまでからも明確にロシアへの批判を公に言ってきたのである。このラピード首相の動きに、警戒感を表明するメディアは少なくない。
www.ynetnews.com/article/ryg3sztn9
*ユダヤ機関とは?
ユダヤ機関は、1929年に設立され、世界各地にそのオフィスがあり、それぞれの国にいるディアスポラ(イスラエル以外に住む)ユダヤ人を見守りながら、いざという時に支援、救助する機関である。ホロコーストの時代、アメリカのユダヤ機関とその関連組織が、迫害下にあったユダヤ人への支援活動を行っていた。
イスラエルが独立してからは、ユダヤ人のイスラエルへの移住(アリヤ)を奨励し、希望するユダヤ人のための公式の窓口になっている。
ロシア(旧ソ連)では、鉄のカーテン時代、ユダヤ人はいっさいイスラエルへは移住できなかった。しかし、この鉄のカーテンが上がり、またチェルノブイリ原発事故以降、100万人以上のユダヤ人が、イスラエルへ移住することになる。
今、ロシアのユダヤ機関が、閉鎖されると、以前の旧ソ連時代のように、ユダヤ人がロシアから出ることが難しくなる可能性も懸念される。ただ、実際には、まだ訴えを起こしただけであり、現地のユダヤ機関によると、閉鎖の警告は以前からもあったのであり、とにかくも業務を続けているという。
ロシアがウクライナへ侵攻を開始して以来、イスラエルは、ウクライナとロシアからの移住を簡素化している。このため、ロシアからも移住者が増えており、これまでに、少なくとも1万人は移住したとのこと。
これからのことを考えても、ロシアにいるユダヤ人は、今扉が開いている間に、イスラエルへの移住急ぐよう、ユダヤ機関も呼びかけている。
なぜ今ロシアはユダヤ機関閉鎖を持ち出したか
これについては、イスラエル国内でもさまざまな憶測が出ているが、明確にはわかっていない。考えられるいくつかの背景は以下の通り。しかし、プーチン大統領の動きは、たとえば、ウクライナからの穀物輸出に合意した直後に、その港の一つであるオデーサを攻撃するなど、意味不明な動きもある。状況判断にたけているイスラエルですら、なぜ今この話になっているのかは、議論に議論となっている。
①ロシアへの批判を公にしてきたラピード首相への牽制
時期的にラピード首相に交代したとことろであるため、これまで公にロシアのウクライナ侵攻を批判してきた、ラピード首相への警告ではないかという説。
ネタニヤフ氏が、この11月の総選挙に出馬する際には、これまでのプーチン大統領を良好な関係を大いに強調するとみられる。今の動きは、ラピード首相の立場を弱めるという目的もあるかもしれない。ということは、プーチン大統領とネタニヤフ氏のうらでの関係を認めることにもなるわけだが。。。
②ロシア正教会の領地返還問題にも
プーチン大統領は、かねてからエルサレムにあるロシア正教会の土地をロシア領の形にすることを要求している。今もその話を持ち出している。ユダヤ機関の問題で撤退を受け入れた場合、この点も押し付けてくる可能性がある。
③ウクライナ問題
要するに、ここでイスラエルが引くということは、ウクライナ侵攻を認めてしまう形にもなりかねないことである。これはロシアにいるユダヤ人を人質にとるようなものだとの分析もある。これまでからも、イスラエルは公にロシアを非難しないという路線を続けてきたのだが、今回のことで、どの路線かを明確にしなければならないというところに立たされたということである。
ヘルツォグ大統領は、ラピード首相の考えに同調するとしながらも、表立って口にしないほうがいいこともあるといったコメントを出している。
石のひとりごと
プーチン大統領はじつにしたたかである。ヨーロッパ、特にドイツなどには、エネルギーという一番痛いところを使って、まるでいじめるかのように、ウクライナ支援を牽制している。戦闘を長引かせ、足並みがそろわないようにしているようにもみえる。
穀物輸送開始を約束しながら、オデーサを攻撃するなど、理解に苦しむ動きもある。まさに世界を振り回している。
ウクライナ東部では、ロシアによるロシア化がすすみ、バビロン捕囚のように、ロシアに連行されたウクライナ人もいる。その中で、ウクライナがロシアとの和平を受け入れ、いうことを聞くなら、今すぐにも戦争が終わるとして、ゼレンスキー大統領を悪者にしようとしている。しかし、その条件とは、ゼレンスキー大統領が、辞任することであり、ゼレンスキー大統領がこれを受け入れることはありえないだろう。
イスラエルもまた今、難しい決断をせまられているということである。ここで引くのか引かないのか。引けば、弱みを一つ握られたようになるかもしれない。
ホロコーストを生き延びたバール・ショーさんは、ウクライナ情勢を見ながら、かつて、1939年の9月、ナチス軍がポーランドに侵攻を開始して、第二次世界大戦の火蓋が切られた時のことを思い出すと語る。
ポーランドは、西側からはナチス、その後、東側から進行してきた東ソ連との挟み撃ちになり、国はまさに破壊され尽くしたのであった。
その中で、バールさんの義理の兄ウィーレックさんは、一刻も早く、ヨーロッパから、またソ連からできるだけ遠くへ行く必要があると察知し、行動を開始した。東へ、そしてリトアニアへと家族を率いて逃げたのである。
この素早い決断で、バールさんたちは、杉原ビザを取ることができ、日本を経由してニュージーランドという、ほんとうにヨーロッパからもソ連からも遠いところにたどりつき、生き延びたのであった。
ラピード首相は、どう決断するだろうか。道徳をとるのか、イスラエルを守るために妥協を取るのか。すべては天地創造の神の手の中にある。その主が、ラピード首相を、自分の理解を超えた主の目に正しい決断へと導いてくださるように。
また、ロシアからイスラエルへの移住を考えているユダヤ人がいるなら一刻も早く出たほうがようだろう。