目次
一大国家行事として
イスラエルでは、政府が暫定政権となり、首相がラピード首相に交代したばかりだが、来週13日から17日まで、アメリカのバイデン大統領がイスラエルを訪問する。
その間に、バイデン大統領は、パレスチナ自治政府も訪問し、続いて、イスラエルからサウジアラビアへ向かう。いうまでもなく、国の一大事である。特別なロゴマークも発表された。
大統領は一人で来るのではない。アメリカから来るホワイトハウス一行、報道陣など、ホテルを一つ二つ以上借り切るほどになる。
エルサレムでは道路封鎖の段取りが必要だ。その周りに張り込む治安部隊もいる。アメリカ以外の世界中から詰めかける報道陣の手続きもあり、イスラエルは今、大忙しである。
バイデン大統領のイスラエルと中東訪問・目的
INSS(イスラエル治安研究所)の解説によると、今回のバイデン大統領のイスラエル、中東訪問の目的は、次の通りである。
①イスラエルへのコミットを表明する。*パレスチナ自治政府との政治的ブレークスルーは期待せず。
②サウジアラビアの安定したエネルギー供給の約束を得る。
③イランの脅威を前に、アメリカが中東離れしたというイメージを払拭し、中東における友好国との連携を強化する。
この中でもホワイトハウスが特に重要視するのが、サウジアラビアとの関係強化で、それが中東の力関係に歴史的な転換になる可能性もあるとみられている。
バイデン大統領のスケジュール
1)7月13日(水):歓迎式典と空軍基地視察・ヤド・ヴァシェム訪問
アメリカのバイデン大統領は、来週13日午後到着し、ラピード首相、ヘルツォグ大統領とともに、空港で歓迎式典を行う。
その後、パルマチン空軍基地で迎撃ミサイルアイアンドームを視察したあと、アイアンドームより小さい攻撃物をも撃墜できるレーザー機能付きの最新アイアン・ビーム迎撃システムも視察する。アメリカが、イスラエルの軍事支援として、5億ドル(約680億円)を計上しており、この後、バイデン大統領が、これらの迎撃ミサイルの購入手続きをアメリカの軍需産業が始めることを許可する見通しである。
その後、ヤド・ヴァシェムへの表敬訪問(約1時間)する。この日の宿泊はエルサレムのキング・デービッド・ホテル。
2)7月14日(木):ラピード首相と会談・I2U2会談・ヘルツォグ大統領会談・野党代表ネタニヤフ氏と会談・ユダヤ人オリンピックで挨拶
14日は午前中にラピード首相と2者会談。部分的にベネット前首相が参加する。その後、バイデン大統領と、ラピード首相が、共にオンラインで、I2U2(イスラエル、インド、アメリカ、UAE)の首脳会談を行う。
その後、ヘルツォグ大統領と会談し、総選挙前の公平性という視点から、野党代表ネタニヤフ氏との会談も行う。バイデン大統領は、民主党なので、右派のネタニヤフ氏との関係は、微妙といえる。
その後、ちょうど行われるユダヤ人だけの世界オリンピックの開会式にラピード首相とヘルツォグ大統領とともに出席し、挨拶する予定である。*マカビー大会と呼ばれるユダヤ人だけのオリンピックは、世界中に離散しているユダヤ人の選手が集まって競技する大会のこと
3)7月15日(金):東エルサレム、ベツレヘム、ラマラ訪問
①オリーブ山のオーガスタ・ビクトリア病院を訪問
この病院は、かつてイギリスのキリスト教宣教師が開始した病院で、今もパレスチナ人に医療の中心的存在である。ガザからも患者を受け入れている。2010年にバイデン大統領夫人がこの病院を訪問し、医療機器の支援を行っていたとのこと。
アメリカの大統領が、旧市街以外の東エルサレムの領域を訪問するのは、初めてで、パレスチナ人は、このイベントを、東エルサレムはパレスチナの首都だの訴えの足がかりにする可能性があるとのこと。また、これを機に、パレスチナ人クリスチャンたちが、バイデン大統領に、パレスチナ人クリスチャンの置かれている現状などを伝え、支援を要請する可能性もある。
②ベツレヘムでアッバス議長と会談
事項で述べるが、アメリカは、アルジャジーラのパレスチナ人記者アブ・アクレさんの死因となった銃弾が、おそらくイスラエル軍のものだろうが、決定的にはわからないという、ややこしい判断を発表したところである。パレスチナ自治政府は、これに大反発している。会談では、この件が話し合われるはずである。
一方で、トランプ前政権の時代に差し止められた、パレスチナ人への経済支援の再開、東エルサレムのパレスチナ人も利用できるアメリカ領事館再開についても話し合われるとみられる。
その後、ベングリオン空港から、サウジアラビアへ移動する。
4)7月16日(土):サウジアラビアで湾岸諸国首脳会議出席
サウジアラビアでは、GCC+3サミット:湾岸諸国(バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、UAE)と、ヨルダン、エジプト、イラクに出席する。
議題の中には、これらの国々とイスラエルの関係回復で、イスラエルが要請してきた、エジプトが支配する紅海の2島をサウジアラビアに引き渡す件や、イスラエルからメッカへの直行便開始の件なども含まれているもようである。(ホワイトハウスの正式発表ではない)
この他、イエメン戦争に関することや、世界のエネルギー危機についても話し合われる。バイデン大統領は、就任当初、カショギ記者暗殺問題で、サウジアラビアのモハンマド皇太子に冷たい姿勢を示していた。しかし、ロシアのウクライナ侵攻で、その方針を転換させなければならなくなったようである。
バイデン大統領はその後、サウジアラビアから帰国する。
イスラエルの期待
これまでからも、アメリカが中東離れしているという通念が拡大しているが、バイデン大統領は、さらに明確に、中東よりも対中政策に重点を移すことを表明していた。
そのため、中東では、イランとその背後にいるロシアの存在感が大きくなっているというのが現状である。このため、ロシアがウクライナに侵攻しても、イスラエル含む中東諸国は、欧米諸国が行っているような、強力な反ロシア対策には加わることができなかった。
特にイスラエルは、微妙な中立を維持する立場にある。それは、イスラエルとアメリカの関係に影をさす可能性も示唆するものであり、イランの前に、イスラエルが孤立のイメージにもなりかねないものであった。
しかし、今回のバイデン大統領の中東訪問で、バイデン大統領は特に空軍基地を訪問するなどして、アメリカは、今も変わらず、イスラエルの強力な同盟関係にあることを宣言するようなものである。これはイスラエルにとっては、ありがたいことである。
また、バイデン大統領が、まずイスラエルを訪問し、打ち合わせを終えてから、イスラエルと拠点に、湾岸諸国とエジプト、ヨルダン、イラクとの会議に出ていくという形も、イスラエルに友としての敬意を表すものであり、中東での勢力図を大きく変える可能性も含んでいる。
こうした中東の力関係の変化は、核合意(JCPOA)が崩壊寸前になっている、イランだけでなく、強気姿勢をいっこうに崩さないロシアへの警告にもなる可能性がある。
パレスチナ訪問による変化は期待薄
今回のバイデン大統領の訪問で、パレスチナ人が期待することは、イスラエルとの対話再開といった政治的なことではなく、アメリカからの経済支援再開と、パレスチナ人も利用できる領事館業務の再開である。
また、パレスチナ自治政府のファタハに所属する政治家、活動家で、パレスチナ人クリスチャン連合の指導者も務めるディミトリ・ディラ二氏によると、今回は、特にバイデン大統領が、東エルサレムのクリスチャン関連の病院や、ベツレヘムを訪問することから、パレスチナ人クリスチャン組織が、バイデン大統領に現状を訴えるなどの動きもあるとのこと。
ディラニ氏は、今のパレスチナ自治政府は、パレスチナ市民の代表とは言えないと強調する。パレスチナ人記者アクレさんの件も含め、アッバス氏による、これまでの外交や政策は、失敗続きであったので、今のパレスチナ人の立場は、孤立する傾向にあり、非常に弱くなったと考えている。
たとえば、3月にイスラエルとアメリカ、バーレーン、UAE、エジプト、モロッコが開催したネゲブサミットに、パレスチナ自治政府は非協力的であった。このため、ヨルダンもこれに参加することを控えた形である。ディラニ氏はこうしたアッバス議長の方針により、パレスチナ人の立場は、アラブ諸国の中でもますます孤立し、弱体化していると語る。
したがって、まずは、しっかりと市民を代表する指導者が新たに立たなければ、いくらバイデン大統領が来ようが、なんの前進も期待できないと、ディラニ氏は期待薄の現状を語っていた。
*パレスチナ人全員がこの考え方であるということではない。
justvision.org/portrait/dimitri-diliani
石のひとりごと
バイデン大統領(79)のこの3日間は、かなりストレスフルなものになりそうである。全行程が安全に、なんらかの良い結果をもたらす訪問になるよう祈りたい。