28日夜(日本時間29日深夜2時)、トランプ大統領が、世紀の取引と銘打った中東和平案を発表した。それによると、パレスチナ国家を認め、イスラエルと共存する2国家2民族の形になっている。
和平案は80ページにわたって詳細に明記されている。このうち30ページは、西岸地区とガザの経済開発に関するもので、これについては、昨年6月に発表されたが、パレスチナ自治政府は拒否したものである。
ホワイトハウスが公開した和平案原本:www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2020/01/Peace-to-Prosperity-0120.pdf
基本的に現状を維持しており、移動を余儀なくされる人もなく、トランプ大統領は、「現実的な2国家共存案」だと自負する。トランプ大統領は、両者が交渉を行うためのベースにしてもらいたいと述べた。
www.timesofisrael.com/trump-unveils-plan-for-realistic-2-state-deal-undivided-israeli-jerusalem/
ワシントンでのトランプ大統領の記者会見は、ネタニヤフ首相をともない、50分近くにわたって行われた。主な内容は以下の通り。
1)領土:パレスチナ国家成立にむけて
①アメリカは西岸地区のユダヤ人入植地をイスラエル領土として認める。同時に、むこう4年間、入植地の拡大はせず、パレスチナ国家成立にむけた交渉を行う。*4年たっても交渉が成立しない場合の案は提示されていない。
②パレスチナの領土は、ガザと、入植地以外の土地となるので、西岸地区の70%と、今の倍になる。新たにパレスチナ人が使う道路を建設するが、入植地に接する地域は、橋かトンネルにする。ガザと西岸地区の間は、トンネルとする。
③ガザと西岸地区からなるパレスチナ国家は、非武装とする。
2)エルサレムについて
①現在のエルサレムは分割せずそのままで、イスラエルの首都、主権とする。
②パレスチナは、現在の東エルサレムで、イスラエルが建設した防護壁の外側部分、シュアファット東部、アブ・ディス東部、カファル・アカブを含む地域を首都とする。
③現在防護壁の内側の東エルサレムの在住するアラブ人については、そのままイスラエルの永住権でとどまるか、イスラエルの市民権、もしくはパレスチナの市民権を取ることができる。
3)神殿の丘について
神殿の丘の現状維持の原則はそのままとする。ただし、すべての宗教者が祈ることを許可することが望ましい。
www.timesofisrael.com/trump-plan-includes-apparent-contradiction-over-prayer-rights-at-temple-mount/
発表にあたり、トランプ大統領は、ネタニヤフ首相と、時期首相の可能性が否定できないガンツ氏の両方と会談したが、ネタニヤフ首相、ガンツ氏、どちらもが、この和平案を受け入れたとのことである。
西岸地区入植地の増殖は、むこう4年間停止するが、今ある入植地の撤去はなされず、引越しはなく、イスラエルに合併されるとあって、入植地ユダヤ人代表らはこれを歓迎すると表明した。
<ヨルダン渓谷と西岸地区合併へ意欲:ネタニヤフ首相>
トランプ大統領の和平案発表を受けて、ネタニヤフ首相は、来週日曜にも、ヨルダン渓谷と、西岸地区の入植地の合併に向けて、閣議での審議を始める意向を明らかにした。また、29日には、モスクワへ飛び、プーチン大統領にこの案への理解を求めるとのこと。
しかし、次の記事で述べるが、ネタニヤフ首相の汚職に関する起訴が決まったので、ネタニヤフ首相がこの懸案をどこまで実行に移せるかは、不透明だとも言われている。
www.timesofisrael.com/cheering-trump-plan-netanyahu-says-he-will-start-annexation-process-sunday/
*イスラエルでの論議:左派と極右はNO
ネタニヤフ首相、ガンツ氏はともに中道右派であるため、この案に問題はない。しかし、ベネット国防相など極右は、そもそもパレスチナ国家の設立に反対している。そのため、この案を受け入れることに反対を主張した。
しかし、実際のところ、このトランプ大統領の和平案が通らない場合は、一国案、つまりイスラエルが西岸地区もガザも全部とりこむ案しか残らず、そうなると、ユダヤ人よりアラブ人が多くなってしまうと指摘されている。
一方左派、労働党のペレス党首は、パレスチナ人との和平は、土地交換により、双方の話し合いで決めるべきであり、パレスチナ側がすでに拒否しているものを一方的にすすめるものではないとして、トランプ大統領の和平案を拒否する意向を表明した。
しかし、実際のところ、パレスチナ側は、95%の土地を提供した時もイスラエル全土を要望して拒否したという経過があるので、いったいどうなれば、双方が合意する和平案になるのかという代案はだしていないではないかと指摘されている。
www.ynetnews.com/article/BJxzuJR118
<パレスチナ自治政府は1000回のNO!暴力の危険性高まる>
トランプ大統領の和平案では、パレスチナ国家を認めるとしているが、非武装、つまりは軍隊を持たないということで、中東においては、いくら領土をもらったとしても、これが独立した主権国家とは考え難い。
パレスチナ自治政府のアッバス議長(84)は、アメリカが、世紀の取引を発表した後、ラマラで記者会見を開き、トランプ大統領の和平案を意味なしと評し、「NOが1000回だ。」と述べた。
アッバス議長は、「パレスチナ人は、イスラエルの占領を終わらせ、東エルサレムを首都とする国家を立ち上げることをめざしている。」として、その目標に変わりはない。パレスチナ人の権利を売ることはない。」と述べた。
アッバス議長は、エルサレムは、バーゲンのように取引されるものではないとし、アメリカとイスラエルの策略がなることはないと述べた。
www.ynetnews.com/article/ByplSG0WI
すでに西岸地区パレスチナ人の町ナブルスなど西岸地区各地では、トランプ大統領の和平案に反対するデモが発生した。イスラエル軍は、ヨルダン渓谷や、西岸地区で、軍事衝突が発生する可能性をかんがみ、ヨルダン渓谷の警備を強化している。
エルサレムのアメリカ大使館も、米国人に対し、西岸地区に行かないよう警告を発した。
*ハマス:トランプの策略に”あらゆる可能性”を示唆
ハマスとイスラム聖戦は、世紀の取引をすぐに拒否する声明を出し、これに対し、”あらゆる可能性(暴力も)”あると警告した。ガザでは28日、トランプ大統領の写真を燃やすなどのデモが発生している。
アメリカの和平案発表の前に、アッバス議長は、めずらしく、ハマス指導者の一人イシュマエル・ハニエに電話し、トランプ大統領の案を一致して妨害するよう話しあったと伝えられている。
<イスラエルと和平条約ある隣国ヨルダンとエジプトの反応>
ヨルダンは、すでにこの案への反対を表明していたが、改めて、ヨルダンは、イスラエルが1967年以前のラインまで撤退する(今の東エルサレムから撤退)形を支持すると表明。トランプ大統領の和平案には反対する意向を表明した。
ヨルダンの国民の多数派はパレスチナ人である。アンマンのアメリカ大使館では、アメリカの中東和平案に反対する市民らが、反対デモを行った。
エジプトは、イスラエルとパレスチナに対し、和平案をよく調べるようにと述べた。
<イランとトルコは反発と危機感を表明>
イランのザリフ外相は、トランプ大統領の、恥知らずなこの和平案は、必ず失敗するとし、「世紀の取引」ではなく、「世紀の反逆」だと述べた。また、アメリカが、「平和へのビジョン」として発表した和平案の地図にバツマークをつけ、「カタストロフィへの夢遊歩行」と記した。
ザリフ外相は、この案が、地域にとって悪夢であるとし、間違っているイスラム諸国の目が開かれることを望むと述べた。
トルコ外務省は、この案を「死産」だとし、イスラエルによる入植地等の合併は、2国家案を破壊すると批判した。また、「パレスチナ人が受け入れないものをトルコが受け入れることはない。占領がなくならない限り、中東和平はありえない。」との考えを明らかにした。
<サウジアラビアと湾岸諸国は支持>
サウジアラビアは、アメリカが、兄弟パレスチナ人のために努力していることに感謝し、イスラエルとパレスチナが、交渉に戻ることを歓迎すると表明した。
バハレーン、オマーン、アラブ首長国連邦は、和平案の発表に際し、大使をホワイトハウスに派遣していたほどで、この和平案を歓迎する意向を表明した。
カタールは、1967年以前の国境線と、パレスチナ難民がイスラエルへ帰還することを支持しながらも、イスラエルとパレスチナが交渉を再開することを支持するとした。
<国際社会の反応>
国連のグテーレス事務総長は、2国家案を支持するとしながらも、あくまでも国連決議に基づく1967年以前の国境線を支持するとした。いいかえればトランプ案には同意しないということ。
イギリスのボリス首相は「ポジティブな結果を生み出すかもしれない」と述べ、ドイツのマアス外相は、「双方が交渉して納得したことだけが、長続きする平和に続く道だ。」と述べた。オーストリアのクルツ首相は、この案に基づき、イスラエルとパレスチナが交渉をはじめるようにと述べた。
www.timesofisrael.com/iran-turkey-slam-trump-peace-plan-as-uae-saudi-arabia-urge-negotiations/
<石のひとりごと>
ジャイアン・トランプ大統領の、中東和平案がついに明るみに出た。この案で、実質何が動くのかといえば、イスラエルのヨルダン渓谷と西岸地区入植地の合併への足がかりができたというところだろう。イスラエルだけに好意的な案であることは間違いない。
これをパレスチナ人が受けれることはありえず、危険な事態にもなりかねないわけだが、トランプ大統領とネタニヤフ首相にとって、このゴリ押しを発表するのは、今しかないと判断したのだろう。この試みは、この2人だからこそ、可能な動きだと思われるからである。
また今なら、若干にでもホロコーストへの世界の同情があり、イランも弱く、ロシアもまだ遠い。たとえ無理のあるゴリ押しでも、中東の場合、とにもかくにも先に既成事実を作ってしまえば、そうなってしまうのである。
以下に述べるが、ネタニヤフ首相は、28日、国会への首相免責法案を取り下げると発表した。このため、3月の総選挙前にも、汚職問題での起訴がはじまるとされる。選挙で、不利になると思われ、もしかしたら、現職首相初、刑務所へ直行することになるかもしれない。
ネタニヤフ首相は、この和平案が成功すれば、汚職疑惑があっても当選すると自信があって、免責法案を取り下げたのか。または、これさえ成し遂げたら、自分の役割は終わると思っているのか。
長くネタニヤフ首相を見ているが、むろん、ずるい部分もあるだろうが、基本的に命がけで、なにがなんでも、イスラエルを守るという気迫はあったと筆者は思う。ネタニヤフ首相と、イスラエルの国を主が見捨てず、国を守りきってくださるようにと思う。