レバノンの港で大爆発:ヒズボラもイスラエル関与否定 2020.8.5

4日午後、レバノンの首都ベイルート最大の港で、広島や長崎とも表されるようなキノコ雲様の煙を伴う大爆発が発生。爆音とゆれは240キロ離れたキプロス島でも観測された。

この大爆発で、ベイルート市内は、広範囲が大空襲のあとのような瓦礫と化し、ガラスの破片で負傷して血まみれになって歩く人々の様子は、かつての内戦時代を思わせる様相になっている。

この爆発で、少なくとも100人が死亡。4000人が負傷している。爆破現場では、遺体が散乱しているとのことで、死者、被害はさらに増える見込み。NHKによると、この爆発で邦人1人も軽傷を負ったとのこと。

事故か攻撃か:2750トンの硝酸アンモニウム

人々がSNSにアップした映像をみると、爆発は最初小さなもので始まり、2回の大爆発に至っている。レバノン政府によると、最初は花火の倉庫が爆発し、その後、2014年に、港で押収した2750トンの硝酸アンモニウム(肥料にも爆発物にもなる)を保管していた倉庫に引火したとのことである。*2750トンは、広島型爆弾の3分の1の量(INSS アモス・ヤディン氏)

しかし、イスラエルの元治安委員会長官のヤアコブ・アミドロール氏は、ヒズボラの武器庫の爆発が原因になった可能性もあると、軍ラジオで示唆している。また、トランプ大統領も、「なんらかの攻撃」との見方を述べている。

www.timesofisrael.com/lebanese-pm-2750-tonnes-of-ammonium-nitrate-caused-disaster-in-every-sense/

ここしばらく、イスラエルとヒズボラの間に緊張が高まっていたので、イスラエルを疑う声もあるが、イスラエルは関与を否定。ヒズボラ高官も、イスラエルによるものではないと認めている。

イスラエルから医療支援を申し出

ベイルートでは、多くの病院も爆発の被害を受けており、ライフラインも途切れている。そこへ、負傷した人々が、救急車だけでなく、徒歩でも集まってきているという。

イギリスやアメリカ、サウジアラビアなど多くの国が支援を申し出ている中、隣国であるイスラエルもUNIFIL(国連レバノン暫定駐留軍)を通じて、レバノンに医療支援を申し出た。

医療物資だけでなく、イスラエル国内の3つの病院が、負傷者をイスラエル国内で治療すると申し出た。負傷したシリア難民を5000人以上を治療してきたツファットのジフ医療センター、ハイファのランバンホスピタル。西岸地区とガザ地区のパレスチナ人医療従事者の育成に力を入れてきたテルアビブのシェバ医療センターである。

イスラエルのリブリン大統領は、ツイッターに、「レバノンの人々の痛みをにともに担い、この困難な時に心からのご支援をさせていただきたい。」と書き込んでいる。

www.ynetnews.com/article/H1KTj4DZD

レバノン政府から受け入れの返答はまだない。レバノンとイスラエルは、2回の大きな戦争を経験し、互いに敵国として歩んできているので、そう簡単には受け入れられないのだろう。しかし、イスラエルの救急医療、特にこうした外傷の対応は世界一である。早く受け入れたらと思う。

www.timesofisrael.com/israeli-hospitals-offer-to-take-in-wounded-from-beirut-explosions/

レバノンの危機的な状況

この大爆発は、レバノンが、崩壊寸前という危機的な状況下で発生している。何か関係があるかどうかはまだ不明だが、レバノンは、以下のような状況であった。今後、レバノンがどう動いていくか、国境での高い警戒を続けているイスラエルは、慎重に見守っているいると思われる。

1)危機的な経済情勢とコロナ危機

この大爆発の前からレバノンの経済は崩壊の危機にあった。GDPに対する借金の割合は、世界3位となり、救済に必要な額は、93億ドル(約1兆円)とされる。失業率は25%で、人口の3分の1近くが、貧困層である。

ベイルートでは、電気は1日に20時間となり、ガソリンスタンドも長い列だという。こうした中、経済不振を招いている政府への反発が高まり、タイヤを燃やす行為など、反政府デモが発生するようになっていた。

www.timesofisrael.com/often-on-brink-lebanon-hurtles-toward-collapse/

レバノンの新型コロナの感染状況は、数値的に信頼できるかどうかは不明だが、これまでに5062人感染、死者は、65人となっている。しかし、レバノンには、総人口の4分の1とも言われるシリア難民がおり、正確な数字は不明である。

NHKによると、レバノンでも感染予防のためにロックダウンが行われ、失業する人がさらに増えつつあった。この爆発が発生した時は、久しぶりに店舗の営業が許可された日であったとのこと。

レバノンがここまで経済的な不振に陥った大きな原因の一つは、レバノンがイスラム教、キリスト教、ドルーズ教と多くの宗教勢力が争っている国だということが挙げられる。昔から、それぞれの宗派は、自分の宗派だけに有益な政策に傾く傾向にあるので、いつまでたっても国としての発展につながらないのである。

また、ヒズボラの進出という問題もある。ヒズボラは、2000年にイスラエルが南レバノンから撤退して以降、急速にレバノン政界に影響力を拡大し、今では、正式な政党として発言力を持ち、年間5億から10億ドルをレバノンから吸い上げているとみられている。

国際社会は、レバノンを救済したいところだが、支援が、国際テロ組織でもあるヒズボラに流れることを完全に防げないため、安易に支援できないという事情がある。しかし、このまま放っておくと、イランを背景にヒズボラがさらに勢力を増すか、中国が入り込んでくる可能性もあり、キャッチ22*状態だと言われている。*行き詰まり状態

www.reuters.com/article/us-lebanon-tribunal-hariri/crisis-weary-lebanon-braces-for-hariri-tribunal-verdict-idUSKCN2500JU

2)高まる政府への反発:前ハリリ首相暗殺をめぐっても

こうした中、8月7日には、前ハリリ首相の暗殺に関わっていたとされるヒズボラ関係者4人の判決が出ることになっており、場合によっては、ヒズボラが再び混乱、カオスになっていくのではないかと懸念されている。

前ラフィク・ハリリ首相は、私財をつぎ込んで、レバノンの復興に尽くし、国民にも高い支持率を維持していた首相であった。しかし、2005年、ベイルートで発生した爆弾テロで死亡。国連の調べで、イラン、シリアに関係するヒズボラの4人が関与していたことがわかった。

これを受けて、市民たちは、当時、レバノンに駐留していたシリア軍(イラン、ヒズボラ支持)に反発。大きなデモを繰り広げて、それまでの29年間レバノンで占領を続けていたシリア軍を撤退させたのであった。

<石のひとりごと>

すでに貧困である上に、コロナが来て、さらに大爆発で、大勢が死亡、負傷した。病院は満杯で、大きな傷を負いながら、麻酔も薬もない人が大勢出ている。その痛み、苦しみは想像を絶する。このような中、手洗いも隔離もできない。レバノンのコロナ感染はどうなっていくのだろうか。

私たちは今日本がいかにいかに祝福されているかを知らなければならない。世界をみれば、いかなる不平不満もふっとんでしまうような気がする。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。