中東情勢が大きく動く可能性が出てきた。4日土曜、レバノンのサード・ハリリ首相(スンニ派)が、サウジアラビアの首都リヤドにて、首相職を辞任すると発表した。理由は、レバノンでシーア派が急速に増強しており、暗殺の危険性を察知したからだと述べている。
サード・ハリリ首相は、辞任表明において、レバノンでのイランとヒズボラの台頭がいかに危険であるかを述べていた。これは、イスラエルが日頃から発している警告と同調するものである。
イランは中東を掌握しようとしているー。ハリリ氏の辞任演説から、イランを警戒するのがイスラエルだけでなく、サウジアラビアなどスンニ派アラブ諸国も同じであるということが明らかになった。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5038232,00.html
*最近のレバノン情勢
レバノンは、1975年以来、スンニ派、シーア派、クリスチャンが泥沼状態の内戦を続けた。この間、PLOがレバノンから攻撃してきたことで、イスラエルもレバノン戦争にまきこまれている。これを終結させたのはシリアだった。シリアは1990年に軍をレバノンに送り込み、力で、内戦を終結させた。
この時、反シリア派でマロン派クリスチャンのミシェル・アウン氏はフランスに亡命。以後、レバノンでは、イランと関係の深いシリアが、事実上の支配者となり、一応の平和を維持した。この間に、シーア派の過激派組織ヒズボラが生まれ力をつけるようになっていった。
シリアが事実上の支配を続ける中、レバノンを指導したのが、ラフィーク・ハリリ首相(今のサイード・ハリリ首相の父)である。ハリリ父首相は、サウジアラビア国籍も持つ大富豪であったことから、自らの財産を投資して基金を作り、内戦で破壊されたレバノン復興に勤めた。
しかし、スンニ派であったために、シーア派を支援するシリア軍に反対する立場をとっていたことから、2004年に暗殺された。暗殺はシリア軍によるものとみられた。これを受けて、レバノン市民が激怒。反シリア運動を展開(杉の革命)し、シリア軍を撤退させたのであった。
この時以来、父の意志を継ぎ、政治家になったのが、今のサード・ハリリ氏(47)である。ハリリ氏は、2009年に選挙で首相に就任したが、強くなったヒズボラの政界への進出を受け、政権は崩壊させられてしまった。その後は、ヒズボラ系のミカーティ政権が政権を担った。
2014年、前スレイマン大統領が任期満了となると、レバノンでは、だれを大統領にするかでもめるようになった。この時、サード・ハリリ氏は、フランスへ亡命していたアウン氏を呼び戻して大統領にすることを認め、その代わりに首相の座を求めた。これが実現し、サード・ハリリ氏は、2016年にレバノン首相に返り咲く。
ところがである。このアウン大統領(マロン派クリスチャン・81歳)は、かつてレバノンを支配していたシリア軍とシーア派に反対したからこそ、国外へ亡命させられていたにもかかわらず、今はイラン、シーア派を支持する立場に変わっていたのである。
レバノンでは、アウン大統領により、急速にイランの影、ヒズボラの力が強くなり、サード・ハリリ氏はまたもや暗殺を危惧する立場におかれるようになったといいうわけである。
<中東情勢:スンニ派諸国、シーア派諸国の対立>
現在、中東では、スンニ派諸国とシーア派諸国に分かれて、争う形になりつつある。おおざっぱではあるが、サウジアラビアを代表とするスンニ派諸国にはアメリカがつき、イランを代表とするシーア派諸国にはロシアがつくという図式である。
この二者の直接の対立地点はイエメン。サウジアラビアは、イエメン政権を支援し、イランはそれと戦うシーア派のフーシ派を支援して、激しい戦闘が続く。イエメンでは、コレラも蔓延しており、今も悲惨な内戦状態にある。この戦いは、イエメン人どうしではなく、サウジとイランの戦いである。
4日、イエメンから、サウジアラビアに向けて弾道ミサイルが発射され、サウジアラビアの迎撃ミサイルがこれを打ち落とした。幸い被害はなかったが、フーシ派が、このようなミサイルを保持しているわけはなく、明らかにイランがサウジアラビアを攻撃したものであった。
このように、イランとサウジアラビアの対立が激化する中で、ハリリ首相のイランを非難しながら辞任表明となったため、サウジアラビアが、イランとの対決姿勢を明らかするために計算して行ったことではないかとも言われている。
これを裏付けるかのように、ヒズボラは、「暗殺の計画などない。サウジアラビアがハリリ首相を強制的に辞任させたのだ。」と反論している。
www.bbc.com/news/world-middle-east-41878364
*サウジアラビアの権力集中と近代化?
シーア派との対立が深まっていく中、スンニ派のサウジアラビアは、これまでになくアメリカに接近している。トランプ大統領が就任早々にサウジアラビアを訪問し、スンニ派諸国の首脳たちを集めて、一致してシーア派に対抗するよう、たきつけたことは記憶に新しいところである。
この後、サウジアラビアは、アラブ首長国連邦など、スンニ派諸国と組んで、イランにつくカタールへの厳しい経済制裁を開始した。
また、サウジアラビアの副皇太子からの昇格で、次期国王に指名されているモハメッド・ビン・サルマン皇太子(32)は、ライバルとなりうる王子たちを失脚させながら権力の集中をはかりながら、サウジアラビアでは厳禁であった女性の車の運転を認めるなど、近代化、欧米よりの路線に舵を切っている。
また、石油にのみ頼らない国づくりを目指して経済改革を模索し、厳格なイスラム教国サウジアラビアの近代化をすすめているようである。
サルマン皇太子は5日、サウジアラビアではあたりまえになっている汚職を一掃するとして、有名なアルワリード・ビン・タラール王子を含む王族と大富豪ら11人を拘束し、世界を驚かせた。
目的は、欧米との貿易を活性化させるため、国のクリーンアップを図ったということらしいが、当然、権力集中という目的もあると思われる。
ハリリ首相の辞任演説は、この11人拘束の直前であった。さらにその少し前には、アメリカのクシュナー中東関係補佐官が、突然、サウジアラビアを訪問していたことから、これら様々なことの背後で、アメリカがなんらかの糸を引いている可能性も考えられると分析する記事もある。
www.jpost.com/Opinion/Skeptical-of-Saudi-Arabia-508219
サウジアラビアなどスンニ派諸国がアメリカに接近し、イスラエルにも接近していることは、イスラエルには有利な展開と言えるが、どこまで信頼できるかはわからず、イスラエルとしては、あらゆる想定を予測しながら、注意深く状況を見守っているというところである。
<ハリリ首相辞任:イスラエルにはどう関係する?>
レバノンからハリリ首相がいなくなれば、今後、レバノン内部で、シーア派のヒズボラとイランの台頭を防御する力がなくなる。アウン大統領がイラン支持派である以上、レバノンは急速にイラン傀儡になっていくと考えられる。当然、イスラエルには非常に危険な状態である。
11月1日、シリアのホムス近郊、レバノンのヒズボラへ搬送されるとみられた武器庫が空爆され、一時シリア軍と応戦状態になったことはお伝えした通りである。
イランからとみられる武器は、レバノンに入る前にシリアで排除しておかなければ、レバノンに入ってからでは、ヒズボラとの対決になってしまう。イスラエル軍とみられるこうした攻撃は頻度をましており、この数週間で、これが3度目である。今後、こうした武器搬入への警戒はますます必要になっていくだろう。
ヒズボラとイスラエルの対戦は、いつかは発生するものとは誰もが考えているが、この流れからすると、次回の戦争は、イスラエル対ヒズボラではなく、イスラエル対レバノン、背後のイランとの戦争という構図になっていくとみられる。北部情勢の緊張は高まったといえる。