メロン山大惨事:ユダヤ人の大きすぎる心の傷 2021.5.3

死者は子供10人を含む45人

4月29日から30日にかけてメロン山でのラグ・バオメル式典で発生した将棋倒しの大惨事。この事故での死者は、10日の時点で、18歳以下の子供10人を含む45人と記録された。

3日は、ネタニヤフ首相が、国家追悼の日と定めたことから、国会前広場、イスラエル軍基地、各国大使館では国旗を半旗にした他、旧市街の城壁には、追悼キャンドルが投影された。

北部各地の病院に搬送された負傷者、約150人は、徐々に病院から帰宅し、土曜日の時点でまだ入院している人は、重傷者2人を含む16人。危篤となっていたブネイ・ブラックの11才の少年も、意識が戻り、抜管して人工呼吸器依存から回復。容体は落ち着いているとのこと。

www.timesofisrael.com/hospital-announces-improvement-in-condition-of-boy-11-seriously-hurt-at-meron/

救急レスキュー隊の大きすぎる心の傷

現場のレスキュー隊 出典:ユナイテッド・ハズバラ

こうした救急のレスキューに携わるのは、ほとんどが敬虔なユダヤ教徒の男性たちからなるザカや、ユナイテッド・ハズバラと呼ばれるボランティア組織である。

この人々は、悲惨なテロ現場などで散らばった遺体を救出するという、いわば最も厳しい光景を見ることにも準備がある人々である。

しかし、その隊員たちでさえ、今回は、耐えることができていない。

事故現場では、混乱する人々の叫び声に混じって、群衆の下敷きになって死亡したり病院搬送された人々のユダヤ教の帽子や、持ち物が散乱し、その中から携帯がなり続け、安否を心配する家族からの「母より」とか「あなたの愛する妻より」と言う悲痛な着信が届いていたという。

その間を同じユダヤ教徒で黒いキッパを被った救急レスキュー隊の男性たちが、泣きながら作業を続けたのであった。

ラグ・バオメルの大きな喜びの直後に、ずらりと並ぶ45人の遺体の光景に、隊員たちの中には、ホロコーストの傷が心をよぎるほどだったという。

隊員たちの多くは、この後、眠れなくなったり、食欲がなくなったりという症状を訴えたり、帰宅しても混乱し、泣いていると家族からの連絡も入っている。

隊員のウリエル・バラムさんは、子供が「助けて」と言っていたのに間に合わず、死んでしまったことが忘れられなくなっている。助けようと思えば助けられたかもしれない。しかし、そこに至るには、人々を踏んで行かなければならなかった。この想いは、消えないだろうとバラムさんは言っている。

ユナイティッド・ハズバラの救急隊隊長アビ・マーカスさんは、現場に行って、瀕死の人を見つけ、CPRを開始した。しかし、現場に遺体は一つではなく、いくつも積み重なるようになっており、その上で、隊員たちがPCRをしているのがみえた。

このため、マルカスさんは、隊員たちに、とにかく助けられそうな人を助けろと指示を出した。意識がなく、呼吸がない人は放置しかないということである。

しかし、この決断は正しかったのか・・マーカスさんは、この時、自分が死刑執行人になったような気がしたと、心に大きな傷を残すことになった。

マーカスさんは、自宅に戻った時、大きすぎる悲しみとともに、自分の子供たちは生きているという計り知れない喜びの間を行ったり来たりしたという。

以来、安息日中、マルカスさんは、涙をとどめられなくなっていたとのこと。

www.timesofisrael.com/broken-meron-tragedy-reduced-israels-toughest-rescuers-to-tears-trauma/

多くの隊員がPTSDを併発する可能性があるため、ユナイテッド・ハズバラは、全国12箇所に9日の時点で、すでに心理ケアセンターを設置した。

被災者を助けたアラブ人・ドルーズの人々:テルアビブでは献血の列

この現場のすぐ側では、惨事を免れた人たちの群衆が、急いで山を降り、なんとか安息日が始まるまでに帰宅しようとしていた。

しかし、帰宅するには、まずバスに乗って山を降り、最も近い町、カルミエルから長距離バスか、列車乗らなければならない。安息日入りの金曜日は、通常、バスも電車も午後3時から4時ごろには終わってしまう。

しかし、メロン山は、標高1200メートルの山で、ラグ・バオメルの会場周辺は、一方通行の蛇行道路である。降りるバスが長蛇の列となり、上がってくるバスが通れないという課題に直面したのであった。バスの列、それに一刻も早く乗り込もうとする人びとの群れで、現場は、全くのカオスに陥った。

この日、列車は全国へ帰る人のために13便を増便している。驚いたことに、後の調べで、これほどの人数が集まるイベントであるのに、有効な誘導計画が、なされたことがなかったとのことであった。

このカオス状態を見て、近隣に在住するアラブ人たち、ドルーズの人々が、超正統派のユダヤ人たちのために、飲み物と食べ物のステーションを設けて、徹夜で疲れ切っている被災者や、救急隊、警察などに無料で提供した。呼びかけたのは、イスラエルのアラブ人活動家ヨセフ・ハダッドさんで、助けた町はタマラ、ヤルカ、ペキイン。

メロン山のドルーズの町ベイト・ヤンでは、町の役場だけでなく、多くの家族が家を解放し、被災者への支援を行った。

大都市テルアビブでは、負傷者のために献血する人が列をなして、数百人に上った。

www.timesofisrael.com/arab-towns-offer-food-drink-to-meron-survivors-hundreds-give-blood-in-tel-aviv/

安息日明けの葬儀:息子を亡くした父たち

安息日が開けると、安息日開始に間に合わなかった葬儀が行われた。多くの遺族たち、父や兄弟を失った人たち、愛されたラビを失ったシナゴーグの人々・・その深い悲しみの様子がニュースで流されている。

最後に埋葬されたのは、アメリカやカナダから来て、事故にまきこまれたダニエル・モリスさん(19)ら4人であった。4人の葬儀は9日朝、エルサレムのイシバなどで行われた。

カナダから来ていたダニエルさんの葬儀は、ダニエルさんが学んでいたシャアラビム・イシバで行われ、数千人が出席。オンラインで出席した人は、7万人に及んでいた。

ダニエルさんの母親ミルラナ・モリスさんは、涙しながら、「疑問が多いが、答えがない。痛みは母親が耐えうるものではない。でも一つだけ確かなのは、あなたが、多くの人に愛されていたということ。多くの人が電話をくれて、あなたに親切や愛をもらったと言ってくれました。」と述べた。

エルサレムのミール・イシバでも犠牲者ステイニッツさんら2人のための葬儀が、大勢が参列する中で行われた。家族は、ベングリオン空港から葬儀に直行だったという。

聖書では、悲しみの時に来ているものを裂くという記載があるが、犠牲者の息子の服の一部を切り裂いている場面もあった。

www.timesofisrael.com/you-were-loved-by-so-many-thousands-at-funeral-online-ceremony-for-nj-teen/

大惨事の後、息子たちを失ったラビ・ハユートと、ラビ・デービッド

ラビ・アビグドール・ハユートは、自らも負傷し、13歳の息子やディディア君と、同じシナゴーグに所属するモシェ・レビ君を、今回の事故で失った。ラビ・ハユートは、事故後モシェ君の父、ラビ・デービッド・レビに会った。

デービッドさんに会うなり号泣するラビ・ハユート

事故が発生した時、ラビ・ハユートは、ヤディディア君とモシェ君とともにいたが、激しい圧力の中で、2人を失ってしまったと語っている。モシェ君の父は、モシェ君がラグ・バオメルの日に、この場所、ラシュビの墓に行くことをとても楽しみにしたして、モシェ君が描いた絵を見せた。

ラビ・ハユートは、「私は神を信じる者だ。これも主のみこころだったのだと思う。私たちには天が決めることの全てを理解することはできないのだ。

特に今、私たちの社会は大きな分裂の危機にある。私たちは、まずは皆ユダヤ人なのであって、キッパをかぶっているかいないかは関係のないことだ。

昨夜病院で、あらゆる人が医師、看護師として働いているのを見た。アラブ人、ユダヤ人、宗教派、世俗派、誰もが食事を運んでいるのを見た。皆で協力して一緒に働いていた。

その時、神に祈らずにいられなかった。「なぜこれが病院でしか実現しないのでしょう。なぜ日常でこうならないのでしょう。なぜ私たちは、互いに傷つけあうのでしょう。」

息子たちの死が、イスラエルの人々を結ぶ機会になればと思うと、深い悲しみの表情で語っている。

イスラエルの超正統派の課題

今回の大惨事では、この場所が以前から危険だとの指摘がありながら、なんの対策も取ってこなかったことから、幅広く政府への責任が広がっている。警察だけでなく、このイベントを許可した宗教省や国務省、最終的にはネタニヤフ首相の責任になる。

特に今、スポットライトが当たっているのが、これまでからも問題になってきていた超正統派社会と世俗派社会の分断である。超正統派たちは、税金や兵役も免除されていることが問題となり、世俗派たちの支持を受ける左派勢力が、支持を伸ばして、現在イスラエルの政治の政治の救いようのない分裂にもつながっているという一面がある。

今回も、イベント会場を世俗派のスタンダードで行けば、1万5000人が限界という場所である。しかし、このイベントは昨年、コロナ問題でキャンセルとなっため、今年は、シャス党のアリエ・デリ党首が、「キャンセルしないよう」懇願した結果だということである。

www.ynetnews.com/article/SJkoWMhvd

ネタニヤフ首相の連立は、常にユダヤ教政党に支えられていることから、常に超正統派たちに世俗派とは違うスタンダートになっている。コロナ対策においても、超正統派たちと世俗派の間には、ワクチン接種も含め、政府の違った対応が問題になっていた。今回は、まともにその結果からの被害が出たということである。

しかし、それでも、デリ氏やネタニヤフ首相が、全責任を一人でおうということにはならない。最終的に、責任問題を追求することに意味はないという声もある。

石のひとりごと

時間が経つごとに現場の悲惨な様子のビデオなどが出てくる。人的失敗の結果と言えるだろうか。誰のせいとも言えず、敵にやられたのでもない。あまりにも悲惨である。しかも、ユダヤ教徒にとっては、昔から尊敬され、愛されたラビの墓の前での大惨事。しかも多くの子供たちが死んでしまったのである。今まで信じてきたものに裏切られたようなものかもしれない。

来年から、ユダヤ人たちは、毎年、ラグ・バオメルの時にこの事故のことを思い出すことになるだろう。ユダヤ教徒たちはこの場所に来ることができるだろうか。ユダヤ教は、本当に、「拝んでいれば苦難から守られる」というような、いわゆる普通の“宗教”ではないということである。

この大きすぎる悲しみと試練の中にあるユダヤ人たちを覚えてとりなしを。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。