ベネット政権に黒星?パレスチナ人家族の自動市民権阻止法の延長否決 2021.7.8

ベネット首相とラピード次期首相 スクリーンショット

パレスチナ人家族の自動市民権阻止法延長否決

ラピード・ベネット新政権に大きな黒星が出た。6日、パレスチナ人家族の自動市民権阻止法の期限を前に、これを延長するかどうかの審議が国会で行われた。

結果、賛成59、反対59と、過半数を得ることができなかった。これにより、延期は否決となり、7日深夜をもってこの法律が破棄された。

この法律がなくなると、アラブ系市民がパレスチナ人と結婚した場合、その配偶者は自動的にイスラエルの市民権、もしくは永住権を取得することが可能になる。イスラエルのユダヤ人とアラブ人の人口比に影響してくる可能性があり、国家存続に関わるともいえる重大な問題であった。

これに、右派左派にアラブ政党も加わっているベネット政権がどう対処するのか、この問題は、新政権の信任不信任にも関わる問題であるとして、先の西岸地区前哨地エブヤタルの撤退と同様、あたかも新政権へのテストのごとくに、注目されていた項目であった。

この件についても、ネタニヤフ前首相はあえて、自身の政権では対処をせず、新政権に引き継いで、その黒星にするつもりであったとの見方が出ている。

結果的に、ベネット新政権に黒星になったということだが、では実際に、国内のアラブ人人口が急増するかといえば、そうでもないということが明らかになりつつある。同時に、逆に、これに賛成票を当時なかったリクードなど右派政党の間で、政治的な理由で国を危機に陥れるようなことをしたのではないかと、後になってもめている様子が報じられている。

*アラブ人家族自動市民権阻止法とは

東エルサレムのアラブ人たち

この法律は、その名のごとく、パレスチナ人(西岸地区、ガザ地区)が、イスラエル市民権を持つアラブ人と結婚した場合、自動的にイスラエルの市民権を取る権利を得ることを不可能にするという法律である。

この法律がなかった1993年から2003年までに間、国内でパレスチナ人による自爆テロが頻発していた時代も含め、この方法で、イスラエルの市民権を得たパレスチナ人(配偶者と子供含む)は13万人だという。

治安の維持の観点からもこれを防ぐため、この法律が2003年に制定されたのであった。この法律がなかったら、この後10年おきにパレスチナ人が20万人ずつ、市民権を得ていた可能性も指摘されている。

この法律は2003年以降、毎年、延長されながら、今年もその期限を迎えたということである。

ベネット政権へのテスト第二弾:野党からのいやがらせか

これまでの右派政権は、この法律の延長をおおむね問題なくクリアしてきた。しかし、今の新政権の場合、国会で過半数を得るには、まず、政権内のラアム党(アッバス氏)と、これを人権問題だとして反対する左派政党を説得しなければならなかった。

ベネット首相は、徹夜の交渉を行い、最終的に、現在イスラエルの市民権の要請を提出しているパレスチナ人の中から1600人に永住権を認め、9700人の永住権について、治安問題などを精査した上で、ビザを出すとの条件を出して、この法律を、1年延長であるところ、6ヶ月延長するということで合意したのであった。

しかし、最終的に、ネタニヤフ氏のリクードはじめとする野党右派政党、ユダヤ教政党、アラブ統一政党と、ベネット首相のヤミナ党から離脱したチクリ議員が、反対票を投じたことと、アラブのラアム党2人が棄権したために過半数にならなかったのであった。

ベネット政権の反論:国より政治を優先した野党を批判

Israeli Prime Minister Naftali Bennett leads a cabinet meeting at the Prime Minister’s Office in Jerusalem on June 20, 2021. Photo by Amit Shabi/POOL

ベネット首相は、右派政党たちは、国よりも自分たちの政治的利益を優先したとして、厳しく非難した。これについて、チクリ氏は、問題は、ベネット氏首相が、延長を半年にするために、1600人にビザを出したことだと反論している。半年後には、パレスチナ人3000人が、ビザを取得することになると言っている。

しかし、ベネット政権はまだ就任したばかりで、この問題に取り組んでおくべきは前政権であった。この6ヶ月はベネット首相が、なんらかの対策のための時間稼ぎであったと考えられるわけである。

この問題を真っ先に対応しなければならなかったシャキード国務相(ヤミナ党)は、「リクードや宗教シオニスト政党が、この法律が破棄になってよろこんでいるだとうか。彼らは、イスラエルの治安とユダヤ人の国というアイデンティティにとって重要な法律を重要視しなかった。これが、今彼らが野党に転落した理由だ」とツイートに書き込んだ。

www.timesofisrael.com/coalition-casts-netanyahu-bloc-as-joint-lists-useful-idiot-after-knesset-loss/

これからどうなるのか:意外に問題は大きくない?

今現在、市民権を申請したが、2003年にこの法律が制定されたことで、保留にされたままになっているパレスチナ人の数は、1万3500人。まずはこの人々への対処を行わなければならない。しかし、実際にこれらの人々が市民権を得るのはほぼ不可能に近いとみられる。

国内治安シン・ベトが、申請している人を、治安問題に触れるかどうかをまず、じっくりチェックする。それから、次に内務省が、その個人がどういう人物かを判断する。おそらく、シャキード内務相が、以前より、厳しい条件を課すか、最終的に拒否することも考えられる。

さらに、実際に今、イスラエルに対し、市民権を要請している人々は、東エルサレム在住が多いという。東エルサレムのアラブ人の多くは、エルサレム在住者としての永住権で住んでいる人がほとんどなので、この場合は、市民権ではなく、永住権が最終目標になる。

こうして考えると、この法律がなくなっても、実際にパレスチナ人が、イスラエルの市民として大勢登録されるという結果にはならないとの見方もある。

また、イスラエルでは、2018年に、ネタニヤフ前首相が、「イスラエルはユダヤ人の国法」が成立させている。この法案をベースに、今回破棄になった法案を合法とすることも可能ではあるし、逆にこの法案は不要ではとの見方もある。

www.timesofisrael.com/with-ban-on-palestinian-family-unification-set-to-expire-what-happens-next/

こうなると、頭のいい、ネタニヤフ前首相、すべてを読んだ上で、この法律の延長に反対票を投じたのかもしれない。相変わらず、イスラエルの政治は、先の先を読むチェスのようである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。