ヘルツォグ大統領がネタニヤフ氏に連立立ち上げ指名:交渉開始も難航か 2022.11.16

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総選挙でネタニヤフ陣営が安定過半数になるとの見通しが明らかになる中、へルツォグ大統領は、各党首と個別に会談し、ネタニヤフ氏による連立に加わるかどうかの意思確認を行った。

結果、ネタニヤフ氏の連立に加わると表明をしたのは、右派宗教勢力のリクード、シャス、統一トーラー党、宗教シオニズム党の計64議席と余裕の過半数は変わらず。

対するラピード陣営では、これまで連立を共にしてきた、国家統一党(ガンツ氏)と、アラブ政党ラアム党が、いずれの陣営にも加わらないと表明したため、最終的には、未来がある党(ラピード首相政党)と労働党のみで28議席にとどまった。

国家統一党(ガンツ氏)とアラブ政党のラアム党に加えて、ハダシュ・タル党、イスラエル我が家党(リーバーマン氏)も同様で、計28議席は、どちらの連立にも加わらないと表明した。

これにより、ヘルツォグ大統領は13日、明らかに過半数をとるとみられるネタニヤフ氏に、首相予定として、第25連立政権形成交渉を指名した。ネタニヤフ氏は、現在、連立に加わると表明した党の党首と、どの閣僚の椅子をふりわけるかの交渉を開始行っている。期限は4週間(2週間延長可能)で12月11日。

 

ヘルツォグ大統領はバランスを要請

ヘルツォグ大統領は、ネタニヤフ氏に次期首相予定として、連立政権たち上げの指名をするにあたり、ネタニヤフ氏自身が、今刑事訴訟(汚職)中であることを忘れたわけではないと述べるとともに、“全国民”(右派だけでなく全国民)を代表する政府になるようにと釘をさした。

ネタニヤフ氏も、選挙前までの左派陣営への厳しい言動から一転、穏便な表現で、ヘルツォグ大統領に賛同の意思表示をした。このため、ネタニヤフ氏が、意外にも総合的な政府を立ち上げるのではないかとの憶測もある。

www.timesofisrael.com/netanyahus-vow-to-govern-for-all-israelis-at-odds-with-very-nature-of-his-coalition/

しかし、ネタニヤフ陣営にいる右派と宗教政党が、これに同意するはずはない。ネタニヤフ氏に返り咲きのチャンスを与えたのは、左派世俗系前ラピード政権の排斥を求めた右派や宗教派政党なのである。右派たちは、それぞれの方針を通すため、今、特に重要なポジションを要求する形で、ネタニヤフ氏との交渉を行っている。

しかし、これまでにないほど強硬な右派政権になる見通しとなり、国内外では懸念が広がっている。しかし、バイデン大統領、ヨルダンのアブダラ国王など、関係各国首脳は、ネタニヤフ氏に選挙での勝利に祝辞を送っている。これまでからも付き合いのあったネタニヤフ氏なので、いわば旧知の人物が戻ってきたという感じだろうか。。。

連立形成困難?:余裕過半数も閣僚指名が課題

さて、ネタニヤフ氏は、この正式な氏名を待たずして、すでに連立政権への加入を表明している政党との交渉を開始していた。選挙結果としては、明らかな過半数となので、ネタニヤフ氏による連立形成は、迅速に、期限内にも達成するのではないかとの見通しも出ていた。しかし、交渉はさまざまな課題を浮き彫りにしながら難航している。

www.timesofisrael.com/netanyahus-vow-to-govern-for-all-israelis-at-odds-with-very-nature-of-his-coalition/

1)宗教シオニスト党のベツァレル・スモルトリッチ氏(42)が防衛相を要求

宗教シオニスト(イスラエルはユダヤ人の国というのが神の意志と主張なので、極右ともとられる)のスモルトリッチ氏は、防衛相を要求している。しかし、同氏が軍隊に職属したのはわずか14ヶ月で、その後、進学と法律を学ぶ道へとすすんでいた。また、極右に近い人物が防衛相になることは、パレスチナ人はそれだけで反発を感じるだろう。

スモルトリッチ氏が防衛相になることに、ネタニヤフ氏も同意していないと言われている。交渉は難航している。

www.timesofisrael.com/netanyahu-said-to-offer-deri-defense-minister-wants-to-give-smotrich-treasury/

2)ユダヤ教政党シャスのアリエ・デリ氏(63)が経済相を要求

ラピード政権は、左派や世俗派が支持者であったことから、超正統派の従軍や、子どもたちへの一般教育、社会参画支援などの政策がすすめられていた。ユダヤ教正統派、野党であったことから、これをどうすることもできなかった。

今、与党に入るやいなや、それらを全部ひっくり返そうとする動きがある。要求ポジションは、経済相、内務相などである。しかし、このアリエ・デリ氏は、2000年に多額の収賄で逮捕され、刑務所に22ヶ月も服役した人物。それがまた経済相の椅子を要求しているということである。およそあり得ない・・・

妙な話ではあるが、スモルトリッチ氏を防衛相にしないために、デリ氏を防衛相にとの話がある。しかしデリ氏は、ユダヤ教正統派で従軍したことすらない。なぜそんな話が出てくるかも理解不能だが、うらで様々な工作があるのだろう。

3)宗教シオニスト党と組む極右オズマ・ヤフディ党イタマル・ベン・グビール氏(46)は国内治安相を要求

ネタニヤフ陣営で最大の問題児は、極右オズマ・ヤフディ党のベン・グビール氏である。パレスチナ問題に対して極端な考えを持っているだけでなく、ユダヤ人過激派グループを支援していることでも知られる。このため、イスラエルの警察との衝突が何度かあった。

ところが、そのグビール氏がネタニヤフ氏に要求したのが、国内治安相(警察を配下に置く)である。なんとも不思議だが、警察のトップは、グビール氏と協力していくことは可能だと言っているとのこと。

www.timesofisrael.com/police-chief-says-hell-work-with-ben-gvir-whom-he-reportedly-blamed-for-2021-riots/

しかし、グビール氏が極右であることから、当初は、バイデン大統領までが懸念を表明した他、国内外で懸念が広がった。

懸念は、アメリカを中心とするディアスポラ(外国在住)ユダヤ人たちの間にも広がっている。グビール氏は、超正統派式でユダヤ人として認められないかぎり、ユダヤ人と認めるべきでないとも言っているからである。

グビール氏に限らず、予定新政権は、ユダヤ人のイスラエル移住を定める「帰還法」において、だれをユダヤ人と定めるかの制約を厳格化する可能性があると言われている。つまり、自分はユダヤ人だと思っているのに、イスラエルへの移住を認められない人が出てくるということである。

イスラエルとディアスポラの関係がさらに冷え込む可能性が指摘されている。

4) 民主主義の危機!?:政府が最高裁より上に立つ可能性

今回の新政権について、最大の懸念は、ネタニヤフ陣営に加わっている4党全部が、いわゆる政府が、“最高裁を超える”法律の制定に賛同しているという点である。

イスラエルでは、国会で決めた法律が、基本的人権などに反すると考えられる場合、最高裁がこれを差し止める権利を有するという基本法(憲法に匹敵)で定められている。三権分立の原則であり、政府が暴走するのを防ぎ、民主主義を守る原則でもある。

この基本法があるので、ネタニヤフ氏は、首相の身であっても刑事訴訟に立つ義務があったわけである。ところが、今回の過半数4党は、これを廃止することで一致している。これにより、ネタニヤフ氏は、訴訟から解放されるだけでなく、首相職を継続できることになる。

ラピード政権は、逆に同じ人物が一定期間以上、首相職につけないようにする法案を出していたので、もし総選挙に勝っていなかったら、ネタニヤフ氏の政治生命は終わるところであった。それが大逆転という形である。ラピード首相は、「イスラエルの民主主義にとって暗い日だ。」と述べた。

いずれにしても、ネタニヤフ氏がまた首相に返り咲く日は近い。主が全てを支配し、イスラエルにとって、また中東、世界にとって最善の政府になるようにと祈る。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。