2月28日、マンデルビット司法長官は、ネタニヤフ首相を背任と収賄罪で起訴するとの方針を発表した。首相官邸は、4月9日の総選挙後までこの発表を待つよう要請していたのだが、それを押し切った形である。現職首相が起訴されるのは、イスラエル史上初。
今後、ネタニヤフ首相自身が、審問されることになるが、退任を義務付けられることはなく、今のまま、首相を続けることは可能である。
さらには、4月の総選挙で再選された場合、審問を受けながら、首相を続けることも可能。審問は何ヶ月もに及ぶとみられ、実際には、大物政治家が起訴されるケースの場合、約半数が、途中でケースが閉じられるという。
日本であれば、汚職で最高裁から起訴された人物が首相を続けることなどありえないだろう。政治生命は、起訴された時点で終わる。
イスラエルであっても当然、こうした悪はゆるされるものではないのだが、国の存続という最優先課題があるので、どうしても必要不可欠な人材であった場合、首相を続けてもらうということもありうるわけである。
実際、ネタニヤフ首相は、外相も兼任し、精力的な外交を自ら行い、アメリカ、ロシアをはじめ、ギリシャ、キプロス、アフリカ諸国や中南米に至るまで、あちこちに味方を作ることに成功。ガザとの戦闘においても、対応が弱いと非難されつつも、この12年、市民への被害を最小に抑えてきたことは否定できない。
国民としても複雑である。司法長官の起訴方針が発表された直後、首相官邸前では、「汚職が明らかになった首相をそのままにするのは、イスラエルの恥だ。」として退任を求めるデモが発生する一方、その向かい側では、「ネタニヤフ首相を支持する。」とのデモも行われた。
www.timesofisrael.com/likud-petitions-high-court-to-prevent-ag-announcing-netanyahu-indictment/
<ネタニヤフ首相の起訴内容>
今回、ネタニヤフ首相が、収賄と背任で起訴されたケースは以下の3点。*数字は起訴項目の名称で意味はない
①ケース1000:ハリウッドの大物アルノン・ミルカン氏から、この10年で100万シェケル(3000万円)以上の贈り物を受け取り、便宜を図った件。
②ケース2000:イスラエル大手メディア・イディオト・アハロノト紙に、ネタニヤフ首相に有利な記事を掲載してもらい、そのライバル紙、イスラエル・ハヨムを退ける措置を取った件。
③ケース4000:通信相であったころ、イスラエル大手通信社ベゼックのインターネットメディア媒体・ワラに、ネタニヤフ首相に有利な記事を掲載してもらい、その代わりに、ベゼックの社長、シャウル・エロノビッツ氏に便宜を図った件。
日本人からすると何が問題かと思われるかもしれないが、これが問題となるのは、ネタニヤフ首相は、これまで5期12年も首相を勤め上げ、リクードをほぼ不動の地位、日本でいえば、政権交代が非常に難しい自民党のような立場にまで押し上げたことが考えられる。
その背景に、上記のような情報操作で、世論を操作したとしたら、問題である。しかし、当然、ネタニヤフ首相の政治的な手腕が評価されてきた可能性も否定できないわけで、ネタニヤフ首相は、これらの訴えを、「左派が、ネタニヤフ首相、ひいては右派政権を引きずり下ろす」ための策略だと訴えている。
<リクード(ネタニヤフ首相)のライバル:中道左派>
ネタニヤフ首相に対する大きなライバルが、元イスラエル軍参謀総長のベニー・ガンツ氏である。国防という視点で、国民からの高い人気を持つ。
さらに、ガンツ氏の党には、同じく元イスラエル軍参謀総長の、モシェ・ヤアロン氏、ガビ・アシュケナジ氏が加わっており、選挙名簿の上位を占めている。いわば将軍たちの党であり、国民の目に、頼もしく見えてもおかしくないだろう。
ガンツ氏は、右派左派どちらにも幅広く人気があるため、右派にも受け容れられる人物とも表されたが、右派は、明確な右派でないなら、結局は左派だと反論する。
国民の人気が高いことから、ガンツ氏が政界入りを表明すると、リクードを含む様々な党が、ガンツ氏をとりこもうと交渉を続けた。しかし、ガンツ氏は、どの党にも入らず、自らが党首を務める「イスラエルの回復」党と立ち上げた。
しかし、最終的には、2月22日、中道ヤイル・ラピード氏(未来がある党)と組み、両者が合併した党「ブルーアンドホワイト」として、総選挙に臨むと発表した。もし政権を取った場合、ガンツ氏とラピード氏が、首相職を交代で受け持つという取引での合併である。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5469140,00.html
ブルーアンドホワイトは、ゴラン高原は決して渡さないと右派的な方針と同時に、嘆きの壁を超正統派以外にも開放する政策、安息日の公共交通など、左派的な方針も出しており、旗印は、リクード・ネタニヤフ首相の「右派」に対して「中道左派」である。
この後の3月1日、テレビのチャンネル13が行った世論調査によると、ブルーアンドホワイトが36議席で、リクード30議席を上回った。また、それぞれが連立政権を立ち上げたとして、中道左派系が61議席となり、右派系の59議席を上回った。
www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/259780
<それでもネタニヤフ首相が勝つ!?>
ブルーアンドホワイトが追い上げてはいるが、それでもやはり最終的には、ネタニヤフ首相が勝つと見ている人は以外に多い。やはり12年以上も首相職を担い、外交においても大きな成果をあげてきたネタニヤフ首相への政治的な信頼は崩れないようである。
インターネットによる無作為調査ではなく、実際に地域、建物別に調査を行う”Geokcartography”とよばれるかなり正確な世論調査法を開発したイスラエルのアビ・デガニ教授の調査でも、最終的には、ネタニヤフ首相のリクードが、政権を維持するとの結果になっている。
これについて、デガニ教授は、リクードは、ネタニヤフ首相が12年以上も政権を担う中、右派政党としてのブランドを獲得したと説明する。
リクードは、右派というイデオロギーそのものが顔になっているため、たとえネタニヤフ首相が失脚しとしても、支持層は、やはりリクードに投票するということである。
この点、他党はそうではない。たとえば、未来がある党を立ち上げたヤイル・ラピード党首が、失脚した場合、党はたちまち立ち行かなくなるだろう。ガンツ氏の党もガンツ氏の顔でのみ成り立っている。
その点、リクードは、たとえネタニヤフ首相が失脚しても、右派政党という点が顔になっているので、次期指導者になる人物が出てきて勝ち残るということである。
かつてイスラエルは、ベン・グリオンが立ち上げた労働党(左派)がこの立場を維持していた。しかし、今、ネタニヤフ首相が、ベン・グリオンを超えて、史上最長の首相になり、イスラエルをとりまく情勢が厳しさを増す中、左派に変わって、右派のリクードが、この立場を獲得する結果になったということである。