ガザ占領か否か:イスラエル閣僚・軍・与野党が分断 2025.8.6

Prime Minister Benjamin Netanyahu meets with the IDF General Staff Forum on June 30, 2025. At left is IDF Chief of Staff Eyal Zamir. At right is Defense Minister Israel Katz. (Maayan Toaf/GPO)

国際社会からは、ガザの飢餓状態がイスラエルの責任かのように責められ、パレスチナ国家承認への動きになっている。

こうした中、この週末、ガザからは、人質2人の非常に深刻なビデオが公開された。ハマスは、強気姿勢を崩しておらず、交渉に応じる様子がないことから、イスラエル、またアメリカも、もはや部分的段階的な人質解放はありえないという認識になっている。

一方、イスラエル軍は、現時点で、当初の目標だった、ガザの75%の領域を支配するに至り、今後どうするかを決めなければならない局面になっている。

8月3(日)、ザミール参謀総長含む、戦時閣議が行われ、今後の方針が協議された。

政府と軍の対立

1)ガザ占領を主張するネタニヤフ首相とカッツ国防相

(photo credit: REUTERS)

ネタニヤフ首相は、ハマスがもはや交渉に応じることはないことから、ガザ全体を占領した上で、人質の捜索を行うという強硬な案を出した。

ダーマー戦略大臣、強硬右派のスモトリッチ経済相、ベン・グヴィル治安維持相などがこれに賛成を表明した。

スモトリッチ氏、ベングビル氏は、これまでからもガザを再占領するべきだと訴えてきた政治家である。

www.ynetnews.com/article/s1mkayadgl#autoplay

2)ガザ占領に反対のザミール参謀総長:歴代治安関係者19人も反対を表明

(Israel Defense Forces)

これに対し、イスラエル軍のザミール参謀総長は、今以上の攻撃をすれば、人質がいるところへの攻撃となるため、人質が拷問されたり、殺される可能性があること。

またイスラエル軍も疲弊が来ていることを挙げ、別案として、残り25%を包囲してハマスの降参を待つ案などを提示した。

これに賛同したのは、サル外相、ハネグビ安全保障顧問、モサドのバルネア長官などのほか、ユダヤ教政党のデリ・シャス党党首などとなっていた。

これについて、ネタニヤフ首相は、人質はもはや限界に来ており、包囲してハマスが降参してくるのを待つ時間はないと反論したとのこと。

このように、3日(日)の段階では、閣議は2つに分断し、結果を出すことはできず、次回に持ち越された。

今後の方針を決める非常事態であるため、ザミール参謀総長は、4日(月)に予定されていたアメリカ訪問をキャンセルした。アメリカでは、米中央軍司令官との会談など非常に重要な予定が入っていたという。

4日(月)、すでに退任した歴代の元イスラエル軍参謀総長や、元諜報部長、元モサド長官、元警察庁長官など19人が、ガザでの戦闘は政治的な理由で続けられているだけだとして、すぐにも戦争を終わらせるよう訴える共同声明を出した。

この人々は、ネタニヤフ首相のガザでの方針は誤っていると指摘した。

www.timesofisrael.com/on-the-precipice-of-defeat-former-defense-chiefs-demand-end-to-gaza-war/

しかし、こうした中で、今はアメリカにいるネタニヤフ首相の長男で、これまでからも時々問題になっていた、ヤイール・ネタニヤフ氏が、SNSに問題となる投稿をした。

ザミール参謀総長の指名は、カッツ国防相の一声で可能になったとし、軍は政府の言うことを聞くものだ。政府に反対するのは、反逆に値するとXに投稿し、イスラエルのメディアに取り上げあられていた。

トランプ大統領がガザ占領にゴーサイン

July 25, 2025, en route to Scotland. (AP/Jacquelyn Martin)

しかし、4日(月)、トランプ大統領がゴーサインを出したとのことで、ネタニヤフ首相とカッツ国防相は、強気となり、たとえ人質を犠牲にすることがあっても、イスラエル軍には決定的な攻撃を指示して、ガザを占領すると語ったと報告された。

www.timesofisrael.com/netanyahu-reportedly-looking-to-order-full-takeover-of-gaza-despite-idf-qualms/

トランプ大統領は5日(火)、アメリカは、ガザ占領は、イスラエルが決めることであり、アメリカは干渉しないと表明。またアメリカは、ガザで食糧に困っている人に焦点を当てるとし、イスラエルとアメリカもそれには協力するだろうと語った。

www.timesofisrael.com/chiefly-focused-on-food-aid-trump-says-gaza-occupation-pretty-much-up-to-israel/

この翌日、8月5日(火)、再度行われた戦時閣議において、ザミール参謀総長は改めて、ガザ占領案に反対を表明した。

しかし、Ynetによると、ザミール参謀総長は、最終的には政府に従うつもりであり、辞任する意思はないと表明したとのこと。この件については、7日(木)に、内閣全体で審議される。

www.ynetnews.com/article/rjija2kdlg

人質家族と野党から反対表明:人質危機・占領後のガザ費用は納税者が払うことになる

言うまでもなく、人質家族には恐ろしい方向転換である。5日(火)、人質家族と、政府のガザ占領の方針に鋭く反対するラピード氏はじめとする野党党首たちが、「政府の方針が実施されたら、人質は飢え、拷問され、イスラエル軍の作戦中に死亡することになる」と反対を訴えた。

人質のマタン・アングレストさんの母親は、テレビインタビューで、もし、政府が人質がいるエリアにまで軍を送り込むつもりなら、ザミール参謀総長は辞任すべきだと訴えた。

野党代表のラピード氏は、ガザを占領したら、避難民200万人の責任を負い、その費用をすべて負うことになると訴えた。「ガザの費用を払うのはイスラエルの納税者だ。予備役兵も徴兵され続けてそのツケを払うことになる。さらにそんな動きは、国際社会での孤立を招き、戦後のガザ復興に助けてくれる国はないだろう。」と強く訴えた。

ラピード氏は、SNSに、「親たちよ。もしスモトリッチとベングヴィルの間違ったメシア論が実行に移されたら、あなたの1年生の子供は、ガザでの永遠の戦争に巻き込まれるだろう」と投稿した。

ラピード氏はまた、政権と軍が一致していないことを公表するのは、イスラエルのためにならないと非難した。

www.timesofisrael.com/hostage-families-opposition-decry-reported-plan-to-occupy-gaza-as-risk-to-captives/

石のひとりごと:国内分断という最も大きな危機

ガザ占領か否か。ハマスは、イスラエル軍が攻撃を進めた場合、人質は殺すと明言している。

とはいえ、もはや交渉で人質を取り戻す希望はほとんどないし、衰弱した人質から分かることは、残りの部分を包囲して、ハマスの降参を待つ時間はないというネタニヤフ首相の言い分もわからないではない。

しかしながら、攻撃を進めた場合のリスクは計り知れない。残りの25%の部分には、人質だけでなく、200万人の避難民がいる。ガザ全土を占領するなら、その部分への攻撃も含まれることになる。多くの死者が出ることは避けられないだろう。

また仮に、占領できた場合、ラピード氏が言う様に、ガザ復興の責任はイスラエルが負うことになる。その場合、近隣アラブ諸国は支援することはないと思われるからである。唯一トランプ大統領だけが資金を出して、いよいよガザのリゾート化をすることになるのだろうか。そんな確証は全くない。

逆に、イスラエルがガザを占領した場合、ガザでの衝突は終わらず、ラピード氏が指摘するように、終わりなき戦いになることは十分予想できる。国際社会のイスラエルへの非難と孤立はさらに深まるだろう。

イスラエル軍参謀総長、19人のベテラン治安関係者が反対していることからも、ガザ占領という方向転換は、リスクが高すぎると言えそうである。とはいえ、ではどうするのかということなのである。

イスラエルは今、ガザでの方針を巡って大きく分断している。

こうした中、イスラエルでは、先の週末、ティシャ・べ・アブを迎え、国単位で過去に国を失った国難を覚え、悔い改める時を持った。嘆きの壁は人で埋め尽くされていた。

ユダヤ教賢者たちは、第二神殿の崩壊の最も大きな問題は、国内で憎しみ合いがあり、分断していたことだと教えている。現代のイスラエルでも分断が明確になっている。

イスラエルの民主主義研究所が行った調査によると、イスラエル市民の4分の3が、今のイスラエルには、健全でない不一致があるとして、将来の社会的結束に危機感を表明していた。

強硬右派は、政権を担っている強みから、聖書に約束されていることだとして、西岸地区で暴力的に、パレスチナ人を追放しようとしている。ベングビル氏は、閣僚でありながら神殿の丘で祈って、ルール破りをした。また右派の若者は、テルアビブの人質家族のデモに出ていた高齢男性を突き飛ばすなどの暴力にも出ていた。

一方、左派にも極左がおり、(パレスチナ人を攻撃する)、イスラエルは、ガザでジェノサイドを行っていると主張している。そのため、イスラエル兵の死を賞賛するケースもあるという。ユダヤ人がユダヤ人兵士の死を賞賛するという、モラルを通り越した様相である。

以下のエルサレムポストの記事は、今の私たちは、第二神殿崩壊の時代から学ぶことがあると指摘している。

www.jpost.com/opinion/article-863037

第二神殿時代末期、熱心党(極右)が、ローマに妥協しようとして、対立する同胞のユダヤ人たちの食糧を燃やしてしまうという愚かな行為に出ていた。それが、後にローマ帝国に敗れる一因になったことが記録されている。

ユダヤ教の経典タルムードは、第二神殿の崩壊とイスラエルの滅亡は、イスラエルに防衛力がなかったことや、外交問題が原因ではないと指摘。問題は、妥協と対話をしなかったことが原因だったと教えている。

このエルサレムポストの記事は、今、双方のリーダーたちは、燃え上がる火を燃え上がらないようにし、互いに政治的暴力を振るわないようにして、同じ敵の前に、一致すべきだと主張している。

この日、ユダヤ教では、窓の外(他人)を見るのではなく、鏡に映る自分を見て、悔い改める。そうして、過去の国難はやがて、希望に終わると教えている。

エルサレムポストの記事は、私たちが、遅れることなく、過去に学ぶ世代になれるようにと締めくくっている。

ちょうど今、ティシャ・べ・アブの時期を迎えたということも、もしかしたら、主からのメッセージだったのかもしれない。この建国以来、最大とも言われる危機に直面するイスラエルを主は、今どう見ておられるだろうか。

とりなす者として、主の側に立ち、イスラエルが、主が良いと言われる道を選ぶよう、その導きを祈る。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。