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イスラエルの国宝:死海文書の中のイザヤ書全編本物を展示

2月23日(月)、エルサレムのイスラエル博物館の死海文書館で、死海周辺洞窟で発見された聖書の巻物の一つで、残っている聖書では最も古い(紀元前125年)、イザヤ書全体の展示が始まった。
この貴重な文書については、これまでは、保護の観点から、本物ではなく、レプリカで展示されていた。
しかし、今、紀元前125世紀、ひょっとしたら、バプテスマのヨハネや、イエス・キリストも見たかもしれない、イザヤ書の本物を見ることができるようになっているということである。
イスラエル博物館60周年記念として開催されもので、イザヤ書の公開は、今年6月6日までとのこと。展示は、「砂漠からの声」と命名されている。
巻物は、7メートルのガラスの中に広げて見えるようになっている。展示は、特別な温度管理の中で、一回に入れる人数は25人と制限される。入場には予約が必要である。
イザヤ書発見とそのタイミングに見る神からのメッセージ
何が貴重かというと、この巻物は、紀元前125年、イエス・キリストが生まれる120年以上前、日本史でいえば、弥生時代に書かれたものである。
それほど古い文書であるにもかかわらず、驚くべきことに、現在使われているヘブライ語聖書のイザヤ書と、文書はほぼ同じだった。
これは聖書が、正確に引き継がれてきたことを表すもので、聖書が、いかに奇跡の書であるかを表すものである。また、それが、ほぼ破損もなく、残っていたこともまた奇跡である。
さらにこの巻物が発見されたのは、まだ一部ではあったが、国連が、イスラエルという国家を認めた1947年だった。イスラエルの復帰とともに、このイザヤ書も世に復帰したということである。ここからも、主からのメッセージと感じる人は少なくない。
*死海文書イザヤ書発見とイスラエルに戻るまでの経緯
このイザヤ書の巻物は、1947年に、かつて古代ユダヤ人たちが居住していた死海周辺のクムランの洞窟で、他の巻物の中の一つとして発見されていた。
発見したのは、ベドウィン族の羊飼いである。羊飼いが投げた石が、このイザヤ書の巻物が入っていたボトルに偶然当たって、発見したのである。
ベドウィンは、これをシリア人骨董商に売り、その骨董商は、エルサレムのシリア正教会のアタナシウス・サミュエル大主教に転売していた。
ヘブライ大学考古学のスケルニク教授(ヘブライ大学教授)は、死海で発見されていた巻物の購入をはかっていたが、ちょうど、国連がイスラエル独立を認めた後に独立戦争が始まるといった混乱の中、資金も不足するなどで、入手することはできなかった。
ところが、その後、7年後、サミュエル神父はそれをアメリカに持ち込み、「紀元前200年前の聖書」として、ウォールストリートジャーナルに売り出しの案内を出したのである。
これを発見したのは、スケルニク教授の息子、元IDF参謀総長で考古学者でもあったイーガル・ヤディン氏だった。ヤディン氏は、それを25万ドル(当時のレートで9000万円)で購入することに成功した。1954年のことである。その後、巻物は、イスラエルの国宝とされた。
その後、イスラエル政府は、イスラエル博物館に、国宝を置くための特別な死海写本館(Shrine of the book)設立。1965年に、イザヤ書の全巻、本物の展示が開始された。しかし、保護が必要であることがわかったため、1968年に、展示は、レプリカにとりかえられたのであった。
今回の本物展示:ユダヤ人とクリスチャンをつなぐ役割
イザヤ書は、ユダヤ人だけでなく、キリスト教徒にとっても非常に重要である。特にイザヤ書53章は、来るべきメシアの予言が書かれているとされるが、そのまま十字架にかかったイエスキリストを表しているとクリスチャンたちは理解している。
それだけでなく、イザヤ書は、神である主とその計画を表していることから、クリスチャンにとっても非常に重要な書物である。
Times of Israelによると、今回、本物を展示するにあたり、ユダヤ人だけでなく、多様な人々をつなぐ流れがあったという。
エルサレムにあるフランス考古学研究所(19世紀に死海写本の発掘)や、シリア正教など、キリスト教会との共同研究や作業もあった。
こうした様子もまた、いよいよ終わりの時が近づいて、ユダヤ人とクリスチャンが、イエスを通して一つになる(クリスチャンの理解)時を思わせるできごとではなかったかと思う。
