シナゴーグ乱射事件で11人死亡:アメリカ反ユダヤ主義の実態 2018.10.30

27日土曜朝、アメリカ・ペンシルベニア州、ピッツバーグびあるいのちの木と名付けられた保守派ユダヤ教シナゴーグ(最大で1250人収容)で、朝10時ごろ、銃の乱射事件が発生。20分に及ぶ犯行で11人(男性8人、女性3人/54−97歳)が死亡。警察官4人を含む6人が負傷した。警察官1人は重症とのこと。

ADL( アメリカの反ユダヤ主義監視団体)によると、アメリカ史上最悪の反ユダヤ主義事件となる見通しである。

www.timesofisrael.com/for-20-minutes-synagogue-shooter-turned-a-brit-milah-into-a-bloodbath/

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5381315,00.html

最初に犠牲者として発表されたダン・ステインさん(71)は、このシナゴーグの男性部リーダーで、皆に愛されていた人だった。

バーニス(84)とシルバン(86)・シモン夫婦、デービッド(54)とセシル(59)ローゼンタールさん兄弟と一家から複数の犠牲者を出した家族もいる。いずれも中高年で、だれかの親、祖父母である人々ばかりである。

土曜夜には、すでに葬儀が行われたが、ユダヤ人以外の人々も含め数百人が参列した。イスラエルからもネタニヤフ首相、リブリン大統領から犯行を非難する声明が出された他、教育相で、ディアスポラ担当のナフタリ・ベネット氏が葬儀に列席した。

エルサレムでも日曜夜、中心地シオン広場にて、数百人が追悼の集会を行った。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/253859

www.timesofisrael.com/a-married-couple-2-brothers-victims-of-pittsburgh-synagogue-shooting-named/

なお、現場となったシナゴーグは、100年以上の歴史を持つ大きなシナゴーグだが、高齢化がすすみ、メンバーはそう多くないとのこと。また、ユダヤ教では、土曜朝だけでなく、金曜日没後にも礼拝がある。いずれに出席するかは本人次第で、キリスト教会のように、決まった時間に全員が集まって礼拝するという形式ではない。

今回、金曜に出席していて助かった人もいる。事件発生時土曜日の朝にシナゴーグにいたのは、複数の階に分かれて100人ぐらいだったとみられる。事件発生時には、ユダヤ人のゲイカップルが、養子にした子供の割礼式を行っていたとの情報もある。

<ネオナチ的反ユダヤ主義思想:犯人ロバート・バウアー>

シナゴーグで銃を乱射した男は、ロバート・ボウワー(46)。犯行時、ライフルと銃3丁を所持しており、「ユダヤ人は皆死ぬべきだ。」と叫んでいたとう。警官にとりまかれて負傷し、逮捕されたが、その後も「ユダヤ人は皆死ぬべきだ」と言っていたという。

バウワーは犯行に及ぶ直前、極右のソーシャルメディア”Gab”に、「*HIAS(ユダヤ移民支援団体)は、侵入者を取り込んで我々を殺そうとしている。(アメリカの)市民が虐殺されるのを黙ってみすごすわけにはいかない。楽観はよくない。俺は行く。」と、過激なコメントを書き込んでいた。

またこれ以前のコメントによると、ユダヤ人をサタンの子だと呼び、グローバリストのトランプ大統領は、ユダヤ人の(害虫などの)蔓延を放置しているとも書いていた。コードネームは”1488”で、白人至上主義と、「ハイル・ヒトラー」を象徴しており、ネオナチ的思想者であったことがわかっている。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5381506,00.html

www.washingtonpost.com/national/suspected-synagogue-shooter-appears-to-have-railed-against-jews-refugees-online/2018/10/27/e99dd282-da18-11e8-a10f-b51546b10756_story.html?noredirect=on&utm_term=.524f9532a038

*HIAS(Hebrew Immigrants Aid Society)ユダヤ人による移民支援団体

HIASは、1881年、主に東ヨーロッパの反ユダヤ主義に苦しんでいたユダヤ人を支援するために、ユダヤ人自身によって立ち上げられた。そのルーツは、マンハッタン東側に住み始めたユダヤ移民にはじまっている。

1923年には、エリスアイランドで立ち往生させられていた3000人のユダヤ人難民を助けるよう、米政府に訴えたり、第二次世界大戦中は、ナチスから逃れてくる数千人のユダヤ難民を支援した。六日戦争の時は、アラブ諸国で危機的状況に置かれていたユダヤ人、特にリビアにいたユダヤ人を救出した。

HIASは、ホロコースト関連の東ヨーロッパのユダヤ人だけでなく、リビアや、イラン、シリア、エジプト、モロッコなどのアラブ諸国のユダヤ人がアメリカに定着するのも助けている。

近年では、ユダヤ人以外の難民を支援する働きもしていたという。ロバート・バウアーは、過激な反ユダヤ主義者だが、同時に白人至上主義でもあるといえる。

www.jpost.com/American-Politics/What-is-HIAS-and-why-did-it-draw-the-hatred-of-the-Pittsburgh-shooter-570523

<反ユダヤ主義暴力が指摘されていた町>

事件のあった地域はピッツバーグの中心から10分のところにある”リスの丘”と呼ばれる地域で、ユダヤ人1万5000人(ピッツバーグ在住ユダヤ人の30%)が住んでいる。様々な宗派のユダヤ教のシナゴーグが10以上あるユダヤ人居住区である。

ADL( アメリカの反ユダヤ主義監視団体)によると、ピッツバーグでは、2018年に入って9月までの間に50以上の反ユダヤ主義が報告されていた。
事件のあった地域に住むユダヤ人の一人は、「そのうち何かあるかもしれない」とは思っていたが、ここまでひどいことになるとは思っていなかったと語っている。

なお、ADLによると、2017年は、アメリカ全国で反ユダヤ主義事件が急増した年で、2016年には1267件だったのが2017年には1986件になっていた。

www.timesofisrael.com/synagogue-massacre-follows-over-50-anti-semitic-incidents-in-pittsburgh-in-2018/

<ヤド・バシェムの公式コメント>

今回の犯行が、ホロコーストにも関連していることから、エルサレムの世界ホロコースト記念センターは次のような公式のコメントを出した。

・・・ヤド・バシェムは、この前代未聞の反ユダヤ主義暴力を非難する。・・・ヤド・バシェムが痛みを持って学んだことは、民主主義がいかにもろいかということだ。多様性への寛容と人権保護を断固保持するためには、常に教え続ける必要がある。ヤド・バシェムでは、現代の反ユダヤ主義に対抗する教育活動をすすめているところである。・・・

trailer.web-view.net/Show/0X614940933A525FBCA2BF8D330999CF722CAB38EACB82627B9DCD7092109BB2579984675BDDB0AF1B.htm

ヤドバシェムが懸念している通り、ヨーロッパでは難民の流入で、国粋主義、白人至上主義が台頭している。

今月ドイツで、2回行われた地方州議会選挙において、アンジェラ・メルケル首相が党首を務めるCDU(与党キリスト教民主同盟で中道右派)が大敗に終わった。

メルケル首相は、シリアなどからの難民を受け入れ、その後、治安が悪化したことを受けて、支持率は落ちていた。今回の敗北を受けて、メルケル首相は、首相職は、任期終了の2021年までは続けるとしながらも、来月のCDU党首選挙には出馬を見送ると発表した。

近い将来、メルケル首相がいなくなれば、ドイツのネオナチなど極右勢力が台頭してくる可能性も懸念され、今後世界はますますユダヤ人にとって厳しい時代を迎えそうである。

www.bbc.com/news/world-europe-46016377

<複雑なユダヤ人の社会事情:イスラエルとディアスポラの隔たり>

事件とは余談になるが、近年、イスラエルとディアスポラ、特にアメリカ在住のユダヤ人との隔たりが深刻化していることが問題となっている。イスラエルが、国としては、正統派のみを正式なユダヤ人と認める立場をとっているからである。

これは言い換えれば、正統派以外のアメリカのユダヤ人は、ユダヤ人ではないと言われているようなものである。このため、近年、アメリカのユダヤ人、特に若年層ユダヤ人のイスラエル離れが、問題になっていたところである。

イスラエルのアシュケナジ系チーフラビのデービッド・ラウ氏は、今回の事件について、「犯人にとって明確にユダヤ人とみられた場所での暴力」として非難しながらも、「シナゴーグ」という言葉は使わなかった。

これに対し、ネタニヤフ首相は、「ユダヤ人がシナゴーグで殺されたのだ。我々は一つであることを忘れてはならない。」と一喝を入れた。

宗派で争ったとしても、実際のところ、最終的にユダヤ人が、安心できる場所があるとすれば、イスラエルだけなので、この事件以降、アメリカのユダヤ人にどのような変化が出てくるのか注目されるところである。

www.timesofisrael.com/israels-chief-rabbi-wont-call-pittsburghs-tree-of-life-a-synagogue/

<石のひとりごと>

こうした事件は、連鎖するものであるから、今しばらくは、アメリカのシナゴーグやユダヤ人学校などが守られるよう祈りが必要だ。特にネオナチ思想が絡んでいるので恐ろしい。

かつてホロコートの時代、ヒトラーが権力を持った1933年から1938年のクリスタルナハトで、ドイツ社会が、ユダヤ人ボイコットから虐殺へと以降するまで5年間あった。ユダヤ人は、この間に逃げようと思えば逃げられた。

しかし、当時のドイツにおいて、ユダヤ人は上流階級者が多く、反ユダヤ主義が、まさかそこまでになるとは思わなかったので多くのユダヤ人が逃げるチャンスを逃したのであった。

今、アメリカでは、BDSボイコットが盛んになりつつある。今回のような事件がきっかけとなり、アメリカ全国で、ユダヤ人への暴力事件がさらに深刻にならなければよいがと懸念される。

イスラエルは戦争があって危ないとおもわれがちだが、エルサレムでは、金曜と土曜朝、毎週のように、温暖な気候と明るい太陽の下、平和にシナゴーグからのんびりと歩いて帰宅するユダヤ人の家族連れをみかける。車もほとんど走らず、安息日は法律で守られている。

アメリカで、いや、世界のどこででもイスラエルへの移住を迷っているユダヤ人がいれば、早く決断できるようにと思う。

それにしても、たとえば日本の50−100人ぐらいの中高年中心の教会で、中高年男性たちを導くリーダーの兄弟を含め、11人ものメンバーを一気に失ったと想像してみてほしい。しかも礼拝中の襲撃である。このシナゴーグは、今後はたして立ち上がれるのかどうかとの声があがっている

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。