7月1日西岸地区入植地・ヨルダン渓谷合併案解説 2020.6.11

グッシュ・エチオンを視察するネタニヤフ首相 出展:Kobi Gideon / GPO

新型コロナに向けた緊急統一政権として立ちあがった第35政権。なんとかあと1年半の間、首相のポジションを維持することができたネタニヤフ首相は、今、コロナ対策とともに、そのライフワークともいえる西岸地区入植地とヨルダン渓谷のイスラエルへの合併に取り組んでいる。

この件は、選挙運動時の公約で、統一政権中道左派指導者ガンツ氏も同意していることから、ネタニヤフ首相は、公約通り、7月1日以降にこれを実施すると主張している。

しかし、これを実施するとなると、あまりにも多くの問題や懸念があることから、国内外からの論議が噴出しており、7月1日が近づいてくるにつれて、メディアのトップを占めるようになっている。

<合併実施への条件:アメリカの世紀の取引受け入れに論議>

ヨルダン川西岸地区は、ヨルダン渓谷とユダの山、ユダの荒野からなっており、聖書的で、ユダヤ人には重要な場所が数多く存在する。このため、多くの宗教的なシオニストたちが、この地域で開拓し、入植地を数多く立ち上げた。入植地は、パレスチナ人居住地の間に点在している。

今回の合併案は、西岸地区の30%にあたる入植地の一部とヨルダン渓谷にイスラエルの主権を宣言する、つまりは合併するという案である。

ネタニヤフ首相が今、この案の実施を急いでいるのは、トランプ政権が、これまでになく親イスラエルで、入植地の合併についても、「それはイスラエルの問題」として、黙認ともとれる態度をとっているからである。そのトランプ政権は、11月までである。

しかし、ようやく蓋を開けたともいえる、今年1月末に発表されたトランプ政権の中東和平案「世紀の取引」は、予想に反して、パレスチナ人の国を認めることが含まれており、必ずしも親イスラエルとは言いきれない内容であった。

世紀の取引案には、今ネタニヤフ首相が勧めている入植地・ヨルダン渓谷のイスラエル合併がふくまれてるが、向こう4年ほどをかけてゆっくり行うという条件がついていた。

また、最も大きな課題としては、世紀の取引には、パレスチナ国家設立が含まれていた。合併を認めるということは、パレスチナの国を認めることを約束しなければならないということであった。

入植地住民と右派シオニストたちにとって、入植地の合併は歓迎するところではあるが、パレスチナ国家を認めることに合意することはできない。このため、入植地指導者たちは、ネタニヤフ首相に、合併に強く反対すると表明した。

www.inss.org.il/subjects_tags/AnnexationorSeparation/?fbclid=IwAR0InFifZM-yTpydkRRyIT2ewHg86vcui7CVxWvkoc0A3_U65Ij8gl2HD6Y

*世紀の取引

トランプ政権中東和平案
出展:ホワイトハウス
青色:パレスチナ領地
①②:ユダヤ人入植地
黒ライン:パレスチナ人通過道路

世紀の取引は、今年1月末に、トランプ政権が長い待ち時間をへて、ついに公開したもので、だれもが撤退せずに、今のままで、国を2つに分ける案であることから、現実的で画期的とトランプ大統領は自負している。

世紀の取引の主な内容は以下の通り

mtolive.net/世紀の取引:トランプ大統領の2国家2民族案と/

①西岸地区のユダヤ人入植地はイスラエル領土として認める。(西岸地区とガザ地区を合わせた土地の約30%がイスラエルで、残りの70%については、イスラエルの入植活動はないと約束する)

②入植地以外の西岸地区とガザを結んでパレスチナの領土とする。入植地は点在しているので、橋や迂回路、トンネルでパレスチナの領土をつなぐ。

③パレスチナ国家は非武装

④パレスチナ国家の首都はエルサレムだが、現在すでに存在する防護壁の外側のみ

一見すると、どうにも不可能感が否めないのであるが、公表してしまった以上、もしこれが実施されなかった場合、もはや解決策は残されていないとの絶望感で、結局テロや暴力が増えてくる可能性も懸念されている。

合併推進派からは、この問題はイスラエルの問題であり、アメリカの意向とは別に、独自で、すすめたらよいとの意見も出ている。

パレスチナ自治政府とヨルダンの反応

パレスチナ自治政府もまったく聞く耳無し状態である。パレスチナの国を認めるとはいえ、点在する入植地をトンネルなどで迂回するような点状の領土で、おまけに非武装との条件がついている。

アメリカは、世紀の取引において、パレスチナ自治政府への経済政策をもりこんでいた。アッバス議長は、権利は金で売渡すものではないと逆に激怒し、「NOが1000回だ」と言って、アメリカとの交渉を断絶するに至っている。

さらに、コロナ危機にあたり、アラブ首長国連邦からの支援物資がパレスチナ人たちに向けて送られてきたが、物資がイスラエルを経由していたために、いったん断っていた。しかし、これについては、背に腹は変えられないと思ったか、最終的には受け入れたようである。UAEからの支援物資は2回届いている。

合併は、イスラエルと和平条約を締結している隣国ヨルダンにも穏やかなことではない。アブダラ国王は、「もしほんとうにイスラエルが、ヨルダン渓谷の合併に踏み切るなら、ヨルダンとの関係も大きくかわるだろう。」と警告した。

ヨルダンのラザズ首相も、「もしイスラエルが7月に、本当に合併を実施するなら、ヨルダンのハシミテ王朝との劇的な対立という結果になるだろうと警告。サファディ外相は、先週、イスラエルの合併断行は、対立、無政府主義、絶望につながるだろうと警告した。

www.timesofisrael.com/gantz-may-visit-jordan-amid-tensions-over-israels-annexation-plan-report/

こうした中、ガンツ防衛相が、ヨルダンに派遣されるとのニュースが出ているが、実現するかどうかはまだ不透明。

国際社会の反発

ヨーロッパ各国や国際社会の首脳は次々に懸念を表明。6月10日、ドイツは、マアス外相をイスラエルに派遣して、この案に対する懸念を表明した。ドイツは、来月、EU大統領に就任することになっているため、マアス外相の懸念はそのままEU全体の懸念ととらえてもよいということである。

マアス外相は、懸念を表明はしたが、もし実施した場合には、経済制裁を行うといった脅迫には至らなかった点が注目されている。ヨーロッパもコロナ禍でそれどころではないかもしれない。

www.ynetnews.com/article/BkWwD5AnU

アメリカのユダヤ人も反発

アメリカが親イスラエル政策を継続している背景には、アメリカ在住のユダヤ人組織のロビー活動がある。AIPAC(American Israel Public Affairs Committee)がその代表である。

AIPACは、今回の西岸地区合併政策がはたしてイスラエルに益になるかどうかを鑑みて、これに反対するアメリカ政府の立場を支持すると表明した。

コロナ危機で変化があったかもしれないが、最近、ディアスポラのユダヤ人の間では、イスラエル政府が右寄りになりすぎるとして、特に若者の間で、イスラエル離れがすすんでいると言われていた。

www.timesofisrael.com/in-first-aipac-gives-us-lawmakers-green-light-to-criticize-israel-on-annexation/

これからどうなる?

そうとうな風当たりを受けて、ネタニヤフ首相は、合併する入植地を3箇所に限定するとの見通しになっている。その3箇所とは、エルサレム地域のマアレイ・アドミムとグッチュ・エチオン、西岸地区で最大のユダヤ人居住地アリエルである。

これらは、もう市として認識されているほどに大きなユダヤ人居住地である。しかし、マアレイ・アドミムとグッチュエチオンは、エルサレムの拡大にもつがリかねず、反発は必須と思われる。

また、世紀の取引をはずれて、イスラエルだけで、これらの地域の合併を宣言しても、トランプ政権がこれを認めるとは考えにくく、宣言しても意味のないものになる可能性が高い。

www.timesofisrael.com/netanyahu-to-initially-annex-3-settlement-blocs-not-jordan-valley-officials/

強硬右派ヤミナのナフタリ・ベネット氏は、長年ネタニヤフ首相と向かい合い、何度も痛い目にも合わされている政治家である。ベネット氏は、ネタニヤフ首相は、結局のところ、何もしないだろうとの見解を述べている。筆者もなんとなく、それに頷かせられるものである。

www.timesofisrael.com/bennett-says-hes-convinced-netanyahu-will-not-go-forward-with-annexation/

西岸地区とヨルダン川合併案は、昨年、右派の票獲得にあせっていたころに出てきたものであるし、実際にそれをするというよりは、内政の流れを変えることに利用しただけであったとも考えられなくもない。だいたい、どうみても現実不可能な案にみえなくもない。

www.timesofisrael.com/annexation-now-what-is-netanyahu-up-to/

また、ネタニヤフ首相の場合、政治的にやるといって、周囲を動かしたあげくに、結局実行しないということが少なくない。これが政治家の、いわゆる蛇のようなしたたかさなのかもしれないが、今回も、ネタニヤフ首相のチェスに皆が振り回されているだけということも十分ありうる。

この記事を読んでいただいた結論として申し訳ないところだが。。。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。