3300 年前出エジプト時代の遺跡発見:テルアビブ海岸線 2022.9.19

Preliminary IAA inspection of the 3,300-year-old cave at Palmachim National Park, September 13, 2022. (Emil Eljam/IAA)

ビーチで偶然大発見:隠されていた3300年前の遺跡

IAA

先週、テルアビブで人々に愛されているビーチ、ホフ・パルマチン国立公園で、青銅器時代後期、3300年前の遺跡や人骨が見つかった。

工事中に岩を動かしたところ、偶然、下に考古学的なものがあったことから考古学庁に連絡が行き、かけつけた考古学者たちが、地下わずか2.5メートルに発見したものである。

考古学町のエリ・ヤナイ氏は、「一生に一回出会えるか出会いないかの発見。こんなインディアナ・ジョーンズの撮影セットのような遺跡にそう出会えるものではない。これは、3300年前からだれにも一度も触れられていない遺跡なのだ。」と興奮して取材の記者に語ったという。

みつかったのは、さまざまな器で、赤く染められたもの、骨が入っているもの、料理用のもの、オイルランプなどで、当時の埋葬が解明できると期待される。また、銅製の槍の矛先などもあった。カナン人の時代のものだが、レバノンやシリアから輸入されたものと考えられ、海岸での貿易があったこともわかる。

このころカナンにいた”イスラエル人”:メラネプタ石碑

メラネプタ石碑

3300年前といえば、紀元前1300年ぐらいで、出エジプト当時のエジプトの王、ラムセス2世の時代である。この時代を証明する遺跡では、エジプトのテーベで1896年に発見された「メラネプタの石碑」がある。この石碑には、ラムセス2世の息子にあたるメラネプタ王(1213-1203BC)のカナンへの遠征とその勝利についてが書き記されている。

注目されるのは、その碑文の中に、「イスラエル」という文字があるということである。聖書以外で「イスラエル」という文字が出てくるのは、この碑文が最も古い。「イスラエルは荒れ果てているが、種はそうではない。」という一文である。

また、こうした碑文に出てくるのは、都市国家の名前だが、「イスラエル」の場合は、都市国家ではなく、人々という扱いで出ているという。時代的には、聖書の士師記の時代(ボアズとルツの時代)で、まだ中心的な国も都市もなかったということとつじつまがあっている。

父ラムセス2世の時代に出て行ったあと、その息子のメラネプタが、カナンの地でヘブル人を打ち破った書かれているのだが、この当時のイスラエルは、偶像礼拝に陥っていたので、こうした敗北があったこともまたつじつまがあっているといえる。

今回、発見された遺跡は、こうした時代に近いころのものと考えられるので、非常に貴重ということである。

*出エジプト

エジプトで奴隷であったイスラエル人(ヘブル人)が、モーセに率いられて約束の地に向かって出発したという出来事で、聖書に記録されている。

モーセたちが目指した約束の地は、当時カナンと呼ばれていた。当時のカナンは、2000年近く続いていた大帝国エジプトの支配下にあった。出エジプトとはいえ、正確に言うなら、ヘブル人たちは、エジプトを出て、エジプトに向かったということである。

今回の発見で、当時の埋葬の様子や、貿易についても新たな解明があると期待されている。

www.timesofisrael.com/frozen-in-time-3300-year-old-burial-cave-accidentally-discovered-at-popular-beach/

*ホフ・パルマチン国立公園

パルマチン国立公園は、シャロン平原、テルアビブ南部で、植物などが自然状態で残されているイスラエルの海岸地域で、絶滅危惧種の海亀が生息している。また、古代の湾口都市、ヤブネの遺跡(テル・ヤブネ)がある。

ヤブネはヨシュア記15:11に海に面するヤブネエルとして記録されている。またヤブネは、ローマ軍にエルサレムが破壊されたあと、神殿からにがれたユダヤ教指導者たちが、拠点として、新たなユダヤ教を模索した場所としても知られている。

テル・ヤブネには、ビザンチン時代のワイナリーや、その後やってきた十字軍の城、その後に来たイスラム帝国のモスクの遺跡などが発見されている。

www.biblewalks.com/yavne

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。