西岸地区違法入植地エブヤタルからユダヤ人撤退:新政権が難問をクリアか 2021.7.3

前哨地エブヤタル wikipedia

ベネット新政権に対する大きな課題が、ヨルダン川西岸地区の前哨地(Outpostとよばれ、入植地以前の建て始めの状態)の一つ、エブヤタルの問題であった。結論からいうと、ベネット首相は、交渉の結果、入植者たちを自主的に退去させることに成功した。

新政権内部では、ベネット首相が、入植者を撤退させるために提示した条件にに合意しない人もいる。しかし、ともかく暴力騒ぎにならないですんだので、とりあえず、ベネット首相にプラス1ということのようである。

エブヤタル問題とは

エブヤタルは、2ヶ月前には、まだ存在していなかったユダヤ人居住地である。

パレスチナ人の町、ナブルスの近郊の小高い丘で、ここがイスラエル領といえるのかどうかもまだ明確でない土地なので、ここでの入植活動は違法である。こうした活動は、入植地の前段階ともいえるので、Outpost(前哨地)と言われる。

この地域は特に、高い丘の上にあることから、イスラエル軍は、治安の理由からも、これまでこの地を空き地として維持してきたのであった。

しかし、数年前からユダヤ人入植者たちは、ここはイスラエル領だと主張し、住居を建てたいと国に要請していた。何度か実際に住居を建てようとして撤退させるという経過もあった。

しかし、この周辺には、パレスチナ人の町、ベイタ(人口1万8000人)とヤトマがあり、この地は、伝統的にパレスチナ人の土地だと反発している。

特に悪名高いバス停、タプアハ・ジャンクションは、この地域にあり、頻繁にテロ問題が発生している場所である。この5月にもユダヤ人学生3人がナイフで襲われ1人が死亡した。

入植者たちは、5月のこの事件の直後、この丘の上に、本格的に住居を建て始めた。違法かどうか、国の返事を待てなかったと言っている。今回は、本気で建設活動を行ったと見え、道路なども一気にできていたとのこと。

エブヤタルという名前は、2013年に、この付近の入植地イズハルで、パレスチナ人に殺されたユダヤ人の名前である。

www.972mag.com/beita-protests-eviatar-settlement/

当然、周辺のベイタのパレスチナ人たちは、これに反発し、ここ数週間、投石したり、タイヤに火をつけるなど、激しい反発の活動を行っていた。

以下は、6月18日のベイタの様子。イスラエル軍とかなり激しい衝突になっている。詳しくは不明だが、数々の衝突で、パレスチナ人の間では死者も出ていたようである。

2日、金曜日、入植者たちは撤退することになったが、撤退している間も、数百人のパレスチナ人が、投石するなどの暴動に出たと伝えられている。

入植者もかなりの筋金入りだが、対するパレスチナ人も負けてはいない感じである。

www.jpost.com/breaking-news/palestinians-protest-near-evyatar-as-residents-evacuate-outpost-672706

*宗教シオニスト

宗教シオニストとは、イスラエルの土地は、神がユダヤ人に与えたと聖書に書いてあるとして、イスラエルはユダヤ人が支配するべきと考える人々のこと。宗教に基盤をおいているシオニズムを信じる人々である。

イスラエルの中でも、特にユダの山脈の中央を直線で結ぶ、ナブルス、エルサレム、ヘブロンを結ぶ地域は、聖書の舞台でもあり、最重要地域とされる。このため、宗教シオニストたちは、この地域を中心に西岸地区内部に入植していくことに熱心である。

しかし、実際に入植者たちを取材した印象は、ゴリ押しの危険な人々ではなく、土地を愛し、子供たちも多く、なんとか、周囲のパレスチナ人たちともうまくやっていきたいと考えている人が多いというということである。

宗教シオニストの入植者の中にも、過激な人(パレスチナ人へのテロ行為)とそうでない人もいるということを知る必要がある。

*西岸地区の入植活動

Times of Israelによると、2019年は西岸地区への入植活動が3%増えたとのこと。2020年1月1日の時点で、西岸地区の130箇所の入植地(東エルサレム含まず)にユダヤ人の数は44万9508人が住んでいる。パレスチナ人は、約290万人。

宗教シオニストのベネット首相へのテスト

ベネット首相は、自身も宗教シオニストで、かつては入植地を支援する立場のベネット首相が、左派たちも同席する連立政権でこれをどう乗り切るかが試された形であった。

実際、ネタニヤフ前首相は、この問題で雑居状態の新政権が、壁にぶつかることを期待して解決策を講じず、あえて新政権に問題を残したとの見方もある。

政府はエビヤタル住民と交渉を続け、2日(金)4時までに撤退させることで合意に持ち込むことがでた。

入植者たちは、2日、居住地に13メートルにおよぶダビデの星を立ち上げ、「すぐに戻ってくる」と豪語しながら自主的に出て行った。

ベネット首相が、避けたかったこと、イスラエル軍が入植者を無理やり引きずり出す映像は避けられた形である。

ベネット首相は、撤退の条件として、撤退後も住居はいっさい撤去せず、イスラエル軍が駐留して、管理するということを約束したとのこと。

またこの地がイスラエルの領地であるということの法的な根拠があるかどうかを、ただちに調査するということを約束している。この調査には、何年かはかかるとみられている。

入植者たちは、エブヤタルが、法的にもイスラエル領であることに確信を持っているので、この条件に応じたとみられる。

しかし、政権内がこれで一致していたわけではない。ガンツ防衛相はじめイスラエル軍関係者は、もし法的にイスラエル領と認められた場合、入植者たちは大手を降って戻ってこれるようになるからである。

そうなれば、またパレスチナ人との紛争になってしまう。また、地理的にも、この地はあけておくほうがよいというのが、軍関係者の考えである。しかし、ガンツ防衛相は最終的には、ベネット首相に合意したもようである。

左派勢は、家屋は破壊するべきだったといっている。さらに右派勢からも、入植者たちと彼らを撤退させたベネット首相を弱腰と見て反発するものもいる。

しかし、大きな衝突にならないで、入植者たちが撤退したので、ともかくも、今は一件落着ということのようである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。