米軍シリア撤退騒動:その後 2019.1.1

19日にトランプ大統領が、独断とも言われる米軍のシリア撤退を発表してから、中東ではすでに様々な動きが始まっている。

マティス国防相を失うなど、国内与野党双方から批判を受けたトランプ大統領は、急遽イラクの米軍(5200人)を電撃訪問し、「イラクからは、今は撤退しない」とのメッセージを発した。しかし、公約もあり、いずれは撤退するとも言っている。

以下は、トランプ大統領の爆弾発言後に起こってきたことである。

1)クルド人勢力支配域にせまるトルコ軍とこれに対抗するシリア軍

トランプ大統領の米軍撤退表明の直後、トルコのエルドアン大統領は、残留ISはトルコが撃滅するといい、クルド人勢力への攻撃は保留にするといいながら、軍隊をシリア北部のクルド人勢力支配域(ロジャバ)のマンビジ周辺に集結させた。

www.bbc.com/news/world-middle-east-46701095

マンビジは、2016年にトルコが侵攻し、戦場になった経過がある(ユーフラテスの盾作戦)。以来、アメリカ軍が駐留しているが、これが撤退すると、トルコが再び侵攻すると懸念されている。このため、すでにクルド人勢力の要請により、シリア軍が、マンビジに入ったとの情報がある。

*シリアにおけるトルコとクルド人勢力の対立のこれまで

トルコは、2016年、ロジャバ(クルド支配域)の街、マンビジ(シリア北部のトルコ国境から30キロ)を攻撃(ユーフラテスの盾作戦)、続いて2018年1月から3月にかけて、ロジャバの町アフリンに侵攻し(オリーブの枝作戦)、クルド人3000人以上を殺戮している。この時、クルド人勢力(YPG)は、シリア軍に支援を要請し、結果、アフリンを含むロジャバの一部をシリア政府に引き渡した。

www.afpbb.com/articles/-/3160246?page=2

つまり、アメリカが撤退することで、トルコがクルド人勢力を攻撃した場合、結果的に土地はシリア(アサド政権)の支配下に入ることにつながっていく。そのシリアは、いまやロシアのいいなりなので、結局アメリカが中東から姿を消し、そのあとをロシアが支配するということである。

言い換えれば、トルコとロシアは、実質的には協力関係にあるということである。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5437124,00.html

29日、トルコとロシアの国防相は、モスクワで会談し、主にシリアから米軍が撤退したあとの協力について協議、合意した。

www.washingtonpost.com/world/middle_east/russian-and-turkish-ministers-meet-for-syria-talks/2018/12/29/51ef3a30-0b6d-11e9-8942-0ef442e59094_story.html?utm_term=.87a955316645

2)湾岸アラブ諸国がシリア進出!?

シリア内戦が終わり、アサド政権が国を回復しつつあることを受けて、湾岸諸国がシリアとの国交を回復し始めている。筆頭は、アラブ首長国連邦。大使館をダマスカスで再開した。

次にバハレーンがこれに続くみこみとなっている。湾岸諸国は、内戦の激化を受けて、シリア(アサド政権)をアラブ同盟から除名していたが、シリアでのアラブの使命をはたす必要性があるとしている。(ペルシャ人のイランに支配させてはならないという意味)

しかし、シリアですでに、イランがすでの勢力を伸ばしていることを思えば、これは、かなり危険な動きかもしれない。イエメンの二の舞にならないようにと思う。

*実はトランプ大統領の作戦?

シリアからの米軍撤退は、国内外から、危険だとして批判を受け、アメリカが権威を信頼を危ぶまれる結果となった。これを受けて、一時、市場も混乱し、世界にも影響を及ぼした。

しかし、この動きが、逆に肯定的な結果を生み出す可能性もじわじわ見えてきているという分析もある。イスラエルの中東専門家、モルデカイ・ケダル博士は、アメリカが撤退することでアメリカは、今後、国連でのイスラエルバックアップを強化、軍事支援も強化するとみている。

ケダル博士は、アメリカは、今、IS撲滅からイラン対策に、焦点をシフトさせたと説明する。この目標のために、これまでのアサド政権排斥から一転、軍を撤退させることで、事実上、アサド政権を容認する形になっていると指摘する。

アサド大統領は、化学兵器を使用した疑いも濃く、国民の多くを死においやった指導者としては認め難い人物ではある。しかし、実質的には、シリアが正式な国に回復することで、イランやロシアの進出に釘をさす効果も期待できるかもしれない。

今湾岸アラブ諸国が、シリアに戻る動きが始まっていることも、これをバックアップすることになるだろう。しかし、サウジアラビアがどう出てくるのかが鍵になると思われるので、今後注目される点である。

www.israelnationalnews.com/Articles/Article.aspx/23235

4)米軍なしでも恐れなし:イスラエルの方針は変わらず

北部のアメリカ軍、またクルド人勢力がいなくなるということは、イスラエルにとっては、ユーフラテス川の東側にあった防波堤を失うということである。しかし、トランプ大統領は、「イスラエルには毎年45億ドルの軍事支援を送っている。単独でも大丈夫だ。」と言った。

ネタニヤフ首相は、「アメリカが撤退しても、何も変わらない。イスラエルはシリアにイランが定着することを受け入れない。攻撃は続ける。」と強調した。

www.timesofisrael.com/netanyahu-vows-to-keep-hitting-iran-in-syria-we-stand-firmly-on-our-red-lines/

トランプ発言の5日後、イスラエルのハデラ近郊から、突然、迎撃ミサイルが発動した。その後、シリア国営放送が、イスラエルがダマスカス近郊の軍用倉庫を攻撃したことへの報復だと発表した。

シリアによると、イスラエルの攻撃の少し前に、イランからの輸送機が到着していたという。イスラエルは、これに対応して何らかの攻撃を行ったとみられる。後にイスラエルもこの攻撃を認める声明を出した。

www.timesofisrael.com/syria-says-air-defenses-deployed-against-enemy-targets-near-damascus/

*イランからのヒズボラへの武器空輸増えている?

エルサレムポストによると、30日、イランの747旅客機が、朝8時にテヘランを飛び立ち、10:30にダマスカスに到着。同日5時には、テヘランへ戻ったと伝えた。ヒズボラへの武器を搬送した疑いがある。

同じようなフライトが12月だけでも数回あり、シリアの監視団体によると、イスラエルの攻撃と時期が合致しているという。

今、イランは、様々な方法で、シリアに進出すると同時に、ヒズボラへの支援も継続しており、イスラエルはそれに注意深く対応しているとみられる。

www.jpost.com/Middle-East/DEVELOPING-Suspicious-Iranian-cargo-plane-leaves-Tehran-575797

ネタニヤフ首相は、トランプ大統領のシリア撤退発表から、イランの動きが活発化しているとして、トランプ大統領に、米軍撤退をするなら、段階を追ってゆっくりやってほしいと要請。トランプ大統領はこれに合意したとの情報が入っている。

www.jpost.com/Breaking-News/Diplomatic-source-Operation-against-Hezbollah-prevented-war-in-Lebanon-575945

<石のひとりごと>

イスラエルのケダル博士も指摘しているが、シリアからの米軍撤退は、駐留しているアメリカ人兵士とその家族にとっては、きわめて朗報であろう。

「アメリカは、中東では嫌われているのに、なぜ息子たちの命を捧げなければならないのか。」というトランプ大統領の言い分も、当然といえば当然である。

しかし、アメリカ軍の撤退後、イスラエルが心底頼れるのは、いよいよその神、主だけになる。・・・が、聖書によると、それこそがイスラエルの強さなのである。実際、イスラエルはこれまでからも不思議に強かった。イスラエルは、確かに侮れない国である。

トランプ大統領は、まことに破天荒で、まことに危なっかしいのではあるが、本人もあずかり知らないところでどうも、主に動かされているところがある。米軍のシリアからの撤退からも、なんらかの予想もしない結果が出てくるかもしれない。注目していきたい。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。