神殿の丘:静かな金曜日 2017.7.30

木曜、イスラム教徒が神殿の丘(アル・アクサ)での祈りを再開したところ、中で治安部隊との衝突となり、パレスチナ人の負傷者が100人以上出た。このため、警察は、翌金曜日イスラムの祈りに、50歳以下の男性が神殿の丘へ入ることを禁止した。

このため、再び大きな衝突になることが懸念され、警察は、旧市街内外で警戒にあたる治安部隊の数を大幅に増強するとともに、祈りの時間前後は、周辺道路を閉鎖して警戒にあたった。

この日、昼の祈り時間にダマスカス門に行ってみた。ダマスカス門周辺は、柵が張り巡らされ、車両は通行止めとなっていた。

暴徒対処班と見えるフル装備の国境警備員が数十人ならんでいる前には柵があって、そこから先へは進めないようになっていた。柵の反対側には、国境警備隊とにらみ合う形で、パレスチナ人男性数百人集まっていた。が、その数は、予想以上に少ないように見えた。

チャンネル2はじめ、メディア関係者は、ほとんど、国境警備隊の側にいた。ヘルメットをや防弾チョッキ姿でばらばらとカメラを構えて立っている。その数十メートル背後には、暴徒を蹴散らすための大きな馬と、騎馬上でフル装備の警察官が5人、控えていた。。

やがて、イスラムの説教者が叫ぶように何かを語り、パレスチナ人たちは、にらみつけるような顔で、腕組みをしながら、それに聞き入り、時々、男性の幅のひろい合唱のような声で、いっせいに「我々の血と霊でアルアクサを解放する」と叫んでいたが、やがてばらばらと祈りの体制に入った。

すると、国境警備隊員たちが、重そうなヘルメットを着用し始めた。通常、祈りが終わったときに、衝突が始まるからである。治安部隊の中には、少なくとも3人は美しい女性隊員が男性隊員と同じ重装備で立っていた。

イスラムの祈りは5分ほどで終わる。パレスチナ人たちが、祈り終わって、ばらばらと立ち上がりはじめると、緊張が走った。しかし、見ていると、後ろの方から順に、ばらばらと、しかしさっさと男性達が背を向けて帰っていくのが見えた。

「ではみなさん、祈りましょう」とか、「今日の祈りは終わりです」とかいう合図もなにもなく、「終わり・・?」という感じである。10分もすれば、3分の2ぐらいのパレスチナ人はいなくなっていた。治安部隊も、重そうなヘルメットをはずし、振り向くと、騎馬隊もいなくなっていた。

そのうち、柵の端の方で、治安部隊が、パレスチナ人のIDをチェックし、男性達を通し始めた。もう終わった、危険は去ったので、神殿の丘へも入ってOKというわけである。

やはりすべては30分もかからなかった。1時20分ぐらいまでにはすべてが終わっていた。この日、ダマスカス門だけでなく、ライオン門でも衝突はなかったと伝えられていた。アルアクサ(神殿の丘)への入り口からは、パレスチナ人が何の障害もなく出入りしている様子が、テレビで報じられていた。

その翌日土曜日も、神殿の丘では、”イスラエルに勝利した”祝賀だったそうだが、衝突はなく、祈りが終わると、群衆はすんなり帰っていったという。平穏が2日続いたことから、こんどこそ、本当に一段落かと報じられている。

さらに、イスラエルとの治安協力を保留にしていたパレスチナ自治政府も、イスラエルとの治安協力を全面的に保留としていたが、徐々に元に戻すという。

www.timesofisrael.com/security-cooperation-with-israel-to-resume-gradually-pa-official-says/

今回、意外に速く、今の所、危機を回避したようであるが、背後でトランプ政権が何らかの介入をしていたようである。Yネットによると、ヨルダンのアブダラ国王が、アメリカに、早期の沈静化に向けた介入に感謝したと伝えている。何をしたかは不明。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4995745,00.html

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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