独メルケル首相がアウシュビッツ訪問:6000万ユーロ献金 2019.12.7

ヨーロッパでは、各地で反ユダヤ主義が深刻になりはじめている。こうした中、5日、ドイツのメルケル首相が、アウシュビッツを初訪問した。戦後、アウシュビッツを訪問したドイツの現職首相は、これで3人目である。

訪問にあたり、メルケル首相は、アウシュビッツの保存のためとして、6000万ユーロ(72億円)の献金を持参した。メルケル首相は、以前にも6000万ユーロをアウシュビッツに献金しているので、国家として、計1億2000万ユーロ(144億円)を拠出したことになる。

ホロコーストの代表的な存在であるアウシュビッツ・ビルケナウの強制収容所では、ナチスドイツにより、約110万人が虐殺された。アウシュビッツに献金している国は38カ国あるが、当然ながら、ドイツの献金はダントツだという。

また、献金の拠出金の半分は、ドイツ国家が負担し、もう半分は、政府が負担することで、ドイツが国家全体をあげて、アウシュビッツにおける虐殺の責任を認めていると明確に表明したかたちである。

www.ynetnews.com/article/HksrK3vTr

ドイツの極右政党が、もうホロコーストばかりに目をむけるのではなく、他の時代にも目を向けるべきだと主張する中、メルケル首相は、「ここで殺された人々を取り返す手立てはない。ここで犯された想像を絶する罪から目をそらす手立てはない。

この罪は、ドイツの歴史に永遠に残される。この歴史は、代々語り継がれていかなければならない。私たちが国としてこれを覚え続けることが、私たちの責任であり、国のアイデンティティである。これを自ら覚えることが、自由社会、法の元にある民主主義国家としての私たちである。」と述べた。

メルケル首相はまた、ドイツ人によって、この地で犯された野蛮な罪を目に前にして、永遠に続くドイツの深い恥を感じると表現。ホロコーストを生き延びた人々を前に、「ショア(ホロコースト)の犠牲者の前に、頭をさげます。」と語った。

また、ドイツで悪化しつつある反ユダヤ主義やヘイトクライムが、警告レベルにまで達していることをあげ、これを止めるためにも、この死の収容所について宣べ伝えていかなければならないと語った。

メルケル首相は、他のホロコースト時代の収容所も訪問している他、イスラエルのヤド・バシェム(ホロコースト記念施設)には5回も訪問している。

www.timesofisrael.com/merkel-at-auschwitz-remembering-nazi-crimes-inseparable-from-german-identity/

なお、2020年1月27日は、アウシュビッツ解放75周年で大きな式典が行われる予定。

<深刻化する反ユダヤ主義と反イスラエル主義>

ヨーロッパの反ユダヤ主義は、近年、反イスラエル主義という側面が加わり、深刻化している。ユダヤ人に対する嫌悪感が、そのままイスラエルに対する嫌悪感になり、より”正義感”をもって、ユダヤ人を憎むという流れになっている。

フランスでは、マクロン大統領の政党が、反シオニズム(イスラエル)主義は、反ユダヤ主義であるという、IHRA(国際ホロコースト記憶同盟)の定義を受け入れるよう要請し、議会は、154対72で、これを可決した。今年6月には、カナダもこの定義を受け入れる決議を行っている。

イスラエルは、これらをイスラエル・ボイコット運動に対する勝利だとしているが、裏をかえせば、それだけ、反ユダヤ・反イスラエル主義が深刻化しているということでもあろう。

www.jpost.com/Diaspora/Antisemitism/French-parliament-decides-anti-Zionism-is-antisemitism-609764

<石のひとりごと>

ドイツを代表するメルケル首相からは、ホロコーストに対する深く、真摯な謝罪の思いが伝わってくる。たんに政治家としての公の行動ではなく、首相個人の中にあるユダヤ人に対する真実な思いが感じられる。

今回が初めてのアウシュビッツ訪問というのも、おそらく、今まで来る勇気が出なかったのではないだろうか。

それはまた、実質のない謝罪だけでもない。ドイツは、極右政党が出てこなければ、これからもずっと、イスラエルへの実質的補償をやめることはなく、ずっと続けていくだろう。

その真摯な姿勢から、イスラエルのユダヤ人は、ドイツの謝罪をおおむね真摯なものと受け取っている。もうそろそろ補償はよいのではないかとの話も、イスラエルの方から出始めている。あれほどのことがありながら、現在、イスラエルとドイツの国家間の関係に問題はほとんどないといっても過言はないだろう。

しかし、メルケル首相は、今年、地方選挙で大きく敗北したことを受けて、2021年に任期満了とともに退任することを表明している。体調もすぐれないようである。ドイツに次、どんな指導者が出てくるのかで、また自体は大きく変わってくるだろう。

アウシュビッツでのメルケル首相の姿を見ていると、これまでの時代が閉じて、次の時代に変わっていくのを感じるさせられるような気がした。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。