左派に過激右派が暴力も:混乱の市民デモ 2020.8.1

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左派:明確なリーダーなし・世代間ギャップ超えて

反ネタニヤフ首相デモは、先週、政府が、警察を送り込んで、放水車を使ったり、強力にデモ隊の取り締まりをはじめたこと、対抗して出てきた過激右派による暴力事件発生などから、ネタニヤフ首相と政府に対する反発がたかまり、エルサレム、テルアビブ、各地でもデモが毎日のように発生している。

ティシャベアブの30日には、ティシャベアブらしく(?)、首相官邸前に2000人が座り込んでのデモを行った。翌31日(金)は、安息日前の昼間には、モダンダンサーたちが、集団で首相官邸前でそろってダンスするといったデモをもみられた。

この日は、カイザリヤにおいてもデモが行われた他、海外でもサンフランシスコとロンドンのイスラエル大使館前で、同情のデモが行われた。先週、ベルリンでも同様のデモが、行われたとのこと。

こうした反ネタニヤフ首相、反政府デモは、今、わかっているだけでも16グループが、それぞれフェイスブックで参加者を呼びかけるなどして、集まっている。今日、安息日あけの1日、土曜日夜も数千人が、エルサレムや各地に集結するとみられている。

1)テルアビブで、「最後の晩餐:ネタニヤフバージョン」

テルアビブでは、29日、ティシャベアブが始まる日に、ダビンチのキリストの最後の晩餐をもじって、”神の御子ネタニヤフの最後の晩餐”とする実物大の像が、ラビン・スクエアに展示された。

あらゆるご馳走が並んだ長いデーブルの中央にネタニヤフ首相が一人で座っており、目の前に置かれたイスラエルの旗のケーキかなにかに手を突っ込んでいる。ユダヤ教では、断食が始まるその日に、こうしたテーブルにすわっているというのは、かなりの嫌味といえる。

アーティストのイタイ・ザリット氏(41)は、2016年にも「ビービー(ネタニヤフ)王様」と名付けたネタニヤフ首相の実物大の黄金像をラビンスクエアに立てて話題となった。サリット氏が訴えているのは、ネタニヤフ首相は、長年首相を続けてきて、スピーチもうまく、有能にみえるが、いまや、自分だけが贅沢をする独裁者になっているということである。

www.haaretz.com/israel-news/.premium.MAGAZINE-bibi-s-last-supper-is-the-most-talked-about-artwork-in-israel-meet-its-creator-1.9034448

2)ネタにタフ首相殺害をほのめかすクリップとネタニヤフ首相の息子の扇動

31日、首相のフェイスブック、ツイッターとインスタグラムに、ネタニヤフ首相が首を吊られている写真、壁に「ビービーに死を」と描かれている文字など、首相とその家族の殺害を扇動するようなクリップが挙げられていた。

これを受けて、ネタニヤフ首相は、「左派によるこのような扇動クリップがながされてもわたしは、彼らと私たちの国の益を考えるのをやめない。こんな憎しみはやめて、もう一度一つになってコロナから命と生活を守る戦いができるようにと願っている。」と語った。

www.timesofisrael.com/netanyahu-posts-video-highlighting-incitement-to-murder-against-him/

一方でネタニヤフ首相の息子のヤイールは、デモに加わっているグループのリーダーたちの個人情報を含む法廷での資料を、フェイスブックにアップし、「無政府主義者がデモを行っている。これらの人々の家の前でデモをしたらどうか」と書き込んだ。名前を挙げられた人は、この後、脅迫電話を受けたという。

www.timesofisrael.com/yair-netanyahu-called-to-court-over-threatening-tweet-against-protest-leaders/

3)リーダー不在:世代間ギャップも

大きな問題は、こうした反政府デモに、明確な指導者がおらず、訴えていることにも統一性がない点である。警察を束ねるアミール・オハナ法相が、デモ隊のリーダーとの交渉を試みたが、交渉できる相手はみつからなかった。

とはいえ、Times of Israel は、この運動の中に大きくわけて2つの流れがあると解説する。一つは元気な若者たちのグループで、たんにネタニヤフ首相の辞任を要求するグループ。ダンスで訴えるグループもあれば、警察との暴力的な衝突になるのも、このグループの若年層の人々である。

もう一つは、2011年7月−10月に主にテルアビブで発生した大規模な反政府デモに由来するグループで、もう少し経験のある人々からなるグループ。

2011年のデモとは、主にテルアビブで家賃や家の価格、物価が高すぎるとして政府に改革を訴えたデモである。10月に入り、夏季休暇と大学の授業が始まるとともに、収束していった大規模な社会的なデモであった。

この流れからくるグループは3つで、エイン・マツァブ(道がない)、クライム・ミニスター(犯罪首相)、ブラックフラッグである。これらのグループについては、「エイン・マツァブ」が統一した黒Tシャツ、「クライム・ミニスター」は、統一されたマスク、「ブラック・フラッグ」は、全国150の陸橋などで、黒い旗を振っていた。

ベテラン組は、若者組にエールをおくってはいるが、世代間ギャップは否めないようである。たとえば、若いデモ隊は、忍耐がないので、長続きしないとのこと。訴えが政治的なところにあるのか、心理的なところにあるのかよくわからない人もいる。

しかし、年配組としては、若者がデモに出てくることを止めたくないとのことで、慎重に対話しているとのこと。

ベテラン組に所属している元イスラエル空軍総司令官であったアミール・ハスケル氏(67)は、「共通していることは、”ネタニヤフの時代は終わった”ということだ。」と述べた。

www.timesofisrael.com/at-anti-netanyahu-protests-no-clear-leaders-and-thats-how-activists-like-it/

過激右派との暴力的衝突

左派勢が反ネタニヤフ首相、反政府で声を上げている中、右派勢も規模は左派よりも小さいが対抗デモを行っていた。

しかし、28日、左派の人々が、警察の暴力に反発して、テルアビブのオハナ法相宅前でデモを行っていると、黒服を着た何者かに、ビンを投げつけられたり、胡椒をかけられたりと現場は混乱となった。黒服たちは、ただ無言で、デモ隊に襲いかかって殴りつけ、ナイフで刺された人もおり、10人が病院に搬送された。

グループは黒い旗をかかげて、黒服、黒マスクに身を包んでおり、過激右派で知られるベイタル・イリットというサッカーチームの過激フーリガングループ、ラ・ファミリアであることがわかった。このグループは過激右派で、通常、ネタニヤフ首相支持派である。

www.haaretz.com/israel-news/.premium-over-a-thousand-israelis-protest-police-brutality-outside-minister-s-tel-aviv-home-1.9028063

このラ・ファミリアは、30日夜、左派が、首相官邸前で、大規模なデモを行っているのと同時進行で、そこから歩いて10分ぐらいの第一ステーションと呼ばれるイベント広場で、対抗デモを行った。「左派に死を!」「アラブを憎む」といっせいに叫んでいたという。

この時、取材に来ていたチャンネル13の撮影隊に暴力を振るったため、警察が来て16人を逮捕した。このグループがネタニヤフ支持の極右であることから、ネタニヤフ首相への新たな非難にもつながっている。

石のひとりごと:ネタニヤフ首相孤立か?

ネタニヤフ首相は、今の政権をとるにあたり、自身は右派でありながら、中道左派青白党のベニー・ガンツ氏と手を結ぶ道を選んだ。この時、ナフタリ・ベネット氏ら、かつては盟友であった右派政党を切り捨てる道を選んだのであった。同じく右派のイスラエル我が家党のリーバーマン氏は、もっと早くからネタニヤフ首相からたもとをわかっている。

したがって、今、大規模デモで、ネタニヤフ首相に退陣を求めているのは左派だが、右派のベネット氏やリーバーマン氏など、有力な右派政治家も同様に、「ネタニヤフ首相は退陣すべき」と言い切っている。

一方で、今ともに与党を構成しているガンツ氏は、手を組んだとはいえ、基本的に左派のライバルであり、味方とはいえない。そのガンツ氏は今、左派に憎まれているネタニヤフ首相と組んだことについて、非常に複雑な立場に立っている。

こうしてみると、今、ネタニヤフ首相の側に、味方として立っているのは、ユダヤ教正統だけではないかとの分析もある。しかし、そのユダヤ教政党とて、彼らに有利な法整備をしなくなったら、すぐにもネタニヤフ首相を離れてしまうだろう。実際、コロナ禍におけるシナゴーグの人数制限について、ネタニヤフ首相と意見の不一致が指摘されている。

しかし、それでも世論は、まだ左派ではなく、右派に傾いている。もし今後、ネタニヤフ首相が、あらたに任命したコロナ司令官ガムズ氏とともに、コロナ対策でよい成果を出せば、ネタニヤフ首相がまた、立場を確立することもありえないことではない。しかし、反ネタニヤフ首相デモの大きさを見ると、だんだん不可逆的な勢いになりつつあるようにも見える。

聖書では、イスラエルに疫病が広がることと、指導者の罪が関連している場合が多い。コロナの感染拡大が続く中、ネタニヤフ首相の汚職疑惑に市民がこれほど反発する様子をみると、ひょっとして、ネタニヤフ首相に悔い改めないといけない部分があるのではないか。。。とこれはまた石のひとりごとである。

しかし、逆に、ネタニヤフ首相が、主のみこころを行おうとしているために、霊的な敵対者から叩かれている可能性も全面的に否定できないのだろうかと考えても見る。実際、ここまでイスラエル人どうしが叩き合うのをみたことがない。国が分裂してしまうことはないとは思うが、なにものかに、不要な対立が煽られているようでもある。

この危機にあって、ネタニヤフ首相が、主に目を向けることができるように。イスラエルの国に混乱をまきおこしている風がとりさられ、冷静になり、敵意と混乱が鎮まるように祈る。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。