内戦後シリアをめぐる攻防:ロシア・イラン・アメリカ・イスラエル 2019.6.5

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ハメネイ師 写真出展:エルサレムポスト

シリアでアサド大統領が内戦を生き延び、まだ北部では戦闘が続いているものの、国の復興に向けて次のステップへと進み始めている。シリアで、今最も影響力を持つ大国はロシアだが、そのロシアが、意外にも内戦中は協力していたイランをシリアから排斥する動きに出始めている。

これはシリアと隣接するトルコ、イスラエル、そしてイランと対立する湾岸アラブ諸国にとっても無関係ではない。シリアを舞台にうごめく米露と中東諸国、イスラエルの立場については以下の通りである。

<イスラエルのシリア攻撃>

6月1日(土)夕刻、シリアからヘルモン山に向かって、2発のロケット弾が発射され、一発は、ゴラン高原のイスラエル側空き地に、もう一発はシリア側に着弾した。イスラエル側に被害はなく、市民への警報も鳴らなかった。

しかし、シリア国営放送によると、この直後、イスラエルがシリア南部クネイトラ近くの軍事拠点を攻撃し、武器庫が破壊され、シリア軍人3人、ヒズボラとイラン兵7人の計10人が死亡した。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5518800,00.html

その翌日、イスラエルは、シリア中央のホムス近郊のシリア最大でイラン革命軍も駐屯するT4空軍基地を攻撃。シリア人3人、外国人2人の計5人が死亡した。

今回の2回の攻撃は、イランを離陸したボーイング747が、シリアのホムスへ着陸し、3時間後にイランへ戻っていった直後であった。イスラエル軍によると、この旅客機には、イラン革命軍から、ヒズボラなどの組織へ搬送する武器が載せられていたという。

イスラエル軍は、この日、複数の軍事基地を攻撃したことを認めている。ネタニヤフ首相は、これらの攻撃は、イスラエルに向けて発車されたミサイルへの報復であり、イスラエルがこのような攻撃を不問にすることはないと強調した。

シリア領内のイラン軍関連とみられる場所が、イスラエルによって(公式発表はない)攻撃されるのは、今に始まったことではない。イスラエルにとって、イランがシリアに進出してくること、またそこからヒズボラやハマスへの軍事支援が行われることは存続にも関わる緊急事態である。

シリアがイスラエルへミサイルを発射したのが先か、イスラエルがイラン軍関連地点へ攻撃が先か、もはやそうした単純な暴力の応酬ではない事情がシリアにはある。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5519384,00.html

<シリア内戦後:イラン排斥をすすめるロシア>

シリア内戦は、シリア北西部での戦闘を残してほぼ、アサド政権が主権を取り戻す形で終焉に向かいはじめている。アサド政権の復活を実現したのは、ロシア、イランとその配下にあるヒズボラなどのテロ組織であった。この中で、特にロシアの存在感が大きくなっている。

ロシアは、シリアを配下に入れることで、地中海へのアクセスを得ることと、同時に中東での覇権をねらっていたが、アメリカが、地理的に遠いことと、オバマ大統領が思い切った介入をしなかったことで、いまやシリアに最大の影響力を持つのはロシアになっている。

ロシアは今、シリア情勢の責任者として、平穏が続き、その影響下で経済的にも復興させ、国際社会でのロシアの存在をさらに大きくすることを望んでいるとみられる。こうなると、問題はイランの存在である。

イランは、今、内戦でできた足がかりを元に、シリアにその軍事的存在感を確立しようとしている。さらには、そこからレバノンなど隣国にいるテロ組織の武力強化も図っており、イスラエルが警戒を強めている。

イランが北部国境や、レバノン南部、海域にまで近づいてくることは、イスラエルには非常に大きな脅威である。イスラエルにとっては、国際世論などにかまっている余裕はなく、手遅れにならないうちにと、前もって脅威の根は排除するため、躊躇なく攻撃を行っているのである。

シリアで、イスラエルとイランが戦争になることを避けたいロシアは、イラン軍がイスラエル国境へ近づくことをけん制し、シリアの地中海第二の港タルトゥスからイランを追放したという。また、シリアのアサド政権に、イランの武力拡大と経済介入を抑止させたりしている。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5520317,00.html

加えてロシアは、イスラエルのイラン軍事拠点攻撃についても、ある程度は黙認することで、イスラエルに合意している。

ロシアが今目標とするのは、アサド政権と、反政府勢力が一同に会して新しいシリアの国づくりを、ロシア影響下ではじめることである。今のところ、アサド政権を憎む反政府勢力が、平和にアサド大統領との話し合いに応じるはずもなく、今のところ、実現にはいたっていない。

しかし、これについては、2015年の世界諸国とイランとの合意でも決められていたことだった。

アメリカは、この2015年のイランと大国との合意から離脱して、イランへの経済制裁を再開しているわけだが、ロシア主導でのシリア政府と反政府勢力の合意にむけた会議については、合意するとみられている。 このため、以下に述べるが、アメリカとロシアが、イランをめぐって接近する様相が指摘されている。

<シリア内戦後:イランとの緊張高まるアメリカ>

アメリカは今、中東の権威においては、ロシアに先を越されているような形になっているが、トランプ大統領はそれにはこだわりはないようである。一時、シリアなど中東から米軍を撤退させると言っていた。

しかし、アメリカが撤退することが、クルド人勢力やイスラエルにも大きな脅威になるということで、その話は今は、頓挫したかにみえる。

逆に、アメリカは、原油禁輸というイランにとっては最後通告のようなレベルの経済制裁を再開するという中東への介入ぶりに豹変し、イランとの対決姿勢をエスカレートさせた。これにより、イランはいよいよ困窮してきたようで、ヒズボラやハマスなど様々なテロ組織への支援ができなくなっているとも伝えられている。

さすがにイランも苦しくなってきたとようで、ウランの濃縮を再開すると発表したり、アラブ首長国連邦に停泊中のオマーンなどのタンカーを攻撃するなど、軍事行動にまで発展させる可能性も出てきた。

このため、アメリカは、ペルシャ湾に空母や爆撃部隊を派遣。トランプ大統領は、後で否定したが、必要なら12万の大軍を派遣することも辞さないといった発言も出していた。最終的に、24日、トランプ大統領は、イラン対策として中東に1500人を増強すると発表。緊張がたかまっている。

www.bbc.com/news/world-us-canada-48404141

<アメリカとロシアがイスラエルで会談!?>

アメリカがロシアのように、シリアや中東での覇権を狙っている様子はないが、シリアからのイラン排斥という点においては、今ロシアとアメリカが、同じ方向を向いているようでもある。

ホワイトハウスによると、ロシアとアメリカは、6月末に、イスラエルにおいて、治安のトップが会談を行う予定とのこと。ロシアからは、ニコライ・パトルーシェブ治安長官、アメリカからは強硬右派と目されるボルトン治安担当大統領補佐官、イスラエルからは、メイール・ベン・シャバット国家治安顧問が出席予定である。

いうまでもなく、イスラエルで米露の指導者が集まって話し合うなど、前代未聞であり、まずは、実現するかどうかが注目されるところである。

www.timesofisrael.com/us-to-press-russia-to-help-counter-iran-in-syria/

<イランはどう出てくるのか>

さすがに、アメリカからの全面的な経済制裁は、イラン経済に大きな打撃を与えているとみえ、イランを動かし始めている。イラン国内では、急進派と穏健派がそれぞれの声をあげている。

急進派は、アメリカが、ペルシャ湾に空母などを派遣していることについて、イランはそれらをすべてミサイルの射程に入れているとして、戦争になる危険性も警告している。

アメリカは、イランがアメリカと戦争をしようとしているはずがない(勝てるはずはないとわかっているはず)という考えのようである。 2日、ポンペオ米国務長官は、「前提条件なしにイランとの交渉を行う用意がある。」と発表した。

しかし、イランがそれに応じるとは思いにくいとも考えているのか、「あらゆる危険への対処(ペルシャ湾での軍備)」は継続するとも付け加えた。

イランからは、穏健派と目されるロウハニ大統領が、アメリカとの交渉に応じてもよいと示唆したが、「もしアメリカが核合意に戻るなら」としており、これもまた、ありえないことと言い換えることもできる内容であった。

イランのザリフ外相とポンペイオ国務長官の間には、現在、コミュニケーションの経路がない。イランのハメネイ・イスラム最高指導者は、アメリカとの対話はありえないとしている。

www.aljazeera.com/news/2019/06/supreme-leader-khamenei-iran-continue-resisting-pressure-190604185251563.html

ではここからどこへ行くのかだが・・・・このままトランプ政権が終焉を迎えるまでイランが持ちこたえるか、もしくは戦争しかないということである。

<安倍首相のイラン訪問>

アメリカとイランの関係が、四面楚歌となる中、日本の安倍首相が、イランを訪問し、緊張緩和を模索することになった。日本は、制裁前は、イランからの原油輸入   位と、イランにとってはお得意様なのである。

ザリフ外相が5月に来日したのに続いて、イランも安倍首相の訪問を歓迎すると表明。安倍首相は、今月12-14日をめどにイランを訪問し、ロウハニ大統領、ハメネイ最高指導者と会談する予定である。河野太郎外相も同行する。

www.jiji.com/jc/article?k=2019060300887&g=pol

ただし、先のトランプ大統領訪日の際に、相当に緊密な日米関係が世界に発信されているので、イランが日本をどこまで信頼するのかは不明である。

ところで、原油禁輸だが、中国は輸入を続けている疑いがある。香港でイランから中国に向かっていたとみられるタンカーが、アメリカによって止められた。中国は、アメリカと厳しい貿易戦争、もっといえば、覇権争いをしている最中であり、中東戦争が、世界戦争にまで発展する土壌はすでにあるということである。

<イスラエルの方針>

イスラエルは、米露の動きにもかかわらず、イランが相変わらず、強硬にシリアでの軍事力増強へのこころみを継続していることに注目している。イランは、シリアでの自らの戦力を増強するだけでなく、シリア南部では、フリーの戦士の雇用もすすめている。

また、イスラエルの調べによると、イラクのシーア派組織アル・シャビが、シリアとイラクの国境で勢力を伸ばしており、イランとこのシーア派との間を結ぶ道路ができ始めているという。いよいよイラン、イラク、シリア、レバノンから地中海への幹線ができあがりつつある。

ヒズボラとハマスへの支援も、イランの経済不振で今は滞りがちであるという情報が本当であったとしても、もうすでにこれらは、イスラエルを攻撃する従軍な武器を保持している。逆に先がないとみれば、いよいよ攻撃に出てくる可能性がある。

レバノン南部にいるヒズボラのナスララ党首は、「もしイスラエルがシリアでイラン拠点を攻撃するなら、イスラエルに反撃する」と脅迫する発言を行った。ヒズボラはすでに10万発以上のミサイルを保有しているが、イスラエル領内へ続く地下トンネルもつくっている。

*ヒズボラのテロ用トンネル深さ80m、全長1km:イスラエル領内へ77m

イスラエルは、5月末、イスラエルに続く地下トンネルを発見し、世界に向けて公表した。深さ80メートルで、全長1キロにも及び、イスラエル領内に77メートルも食い込んでいた。これで6本目になる。

www.timesofisrael.com/idf-reveals-longest-most-significant-hezbollah-tunnel-yet-on-northern-border/

一方、ハマスは、イスラエルに1日にロケット弾を1000発撃ちこむ用意があると豪語したが、指導者シンワルが、イランなしにパレスチナ人だけで、ここまでの武装はできなかっただろうと語っている。

www.timesofisrael.com/islamic-jihad-chief-says-gaza-groups-can-fire-1000-rockets-a-day-at-israel/

今後、ヒズボラとハマスが一気に攻撃してくる可能性もふまえ、イスラエルは、あらゆる手を尽くして情報収集を行い、これを未然に破壊して防ぐとともに、大きな戦争への備えを行っている。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。