ヨルダンとの和平を守れるか:和平条約の延長に影 2018.10.30

10月21日、ヨルダンのアブダラ国王は、1994年に締結された和平条約の一部であったヨルダン渓谷の2箇所の土地のイスラエルへの借款契約を延長しないと申し入れてきた。2箇所の土地は、ヨルダン渓谷にそったガリラヤ湖から南方に位置するナハライム、もう1箇所は、死海の南部に位置するゾハルである。

この2箇所は、イスラエルとヨルダンが和平条約を結んだ時点で、ヨルダン側に含まれる地であったが、すでにイスラエル人農家が農地にしていたことから、それ以後、25年間は平和の印としてヨルダンがイスラエルにリースする形で合意がなされた。これらの土地は「平和の小島」と呼ばれた。

来年その25年目がくるにあたり、ヨルダンが約束通り、期限の1年前にイスラエルに土地の返還を求めた形である。実際に返還するのは1年先になるため、イスラエルは交渉することを考えている。しかし、ヨルダンは、交渉には応じないと言っている。

ただし、この2箇所については、イスラエルの農家が農地として使用しているだけで、ヨルダンにとって、戦略的に重要な土地でもない。これらを取り戻したとしてもほとんど意味はないと思われる土地だという。ではなぜ、今土地の返還を要請しているのだろうか。

<苦しいヨルダンの現状:INSS イスラエル国家治安研究所解説より>

ヨルダンが、このようなことを言い出したのは、国内の王室への不信を払拭するためと考えられている。ヨルダンは今、厳しい経済の不振に苦しんでいる。失業率は18%で、大学卒の若者の失業率はさらに悪く25%に登っているという。

ヨルダンは、シリア難民という重荷も背負っている。これまでにシリア難民を110万人以上受け入れているが、国連の難民指定を受けることはできたのは67万人。(ABCNews) 難民支援は、日本を含む国際支援に大きく頼っているところである。

また、国民の70%がパレスチナ人であることから、イスラエルとパレスチナの和平が、長らく暗礁に乗り上げていることや、アメリカがエルサレムをイスラエルの首都と認めるなどの動きを受けて、ここ6週間ほどの間、イスラエルとの和平継続に反対するデモが発生していたという。

このため、今のままでイスラエルとの和平条約を延長することができなかったのである。

しかし、イスラエルとヨルダンは、経済、治安などあらゆる点において平和であることが両国にとっても大きな益であることは理解している。これまでの25年間の間には、何度も危機的状況が発生したが、両国はなんとか乗り切ってきたのであった。

特に1997年、今回話題に上っているナハライムに遠足に来ていた少女たち7人とその教師を、ヨルダン兵が銃殺するという事件が発生したことがあった。この時、当時のフセイ・ヨルダン国王は、自らイスラエルに来て、遺族を訪問し、問題を解決へと導いた。

2000年代に入ると神殿の丘にシャロン首相が訪問を断行したことで、イスラエル国内でのテロの波、アルアクサ・インティファーダが発生。2014年、2017年には神殿の丘での暴動も続いた。ヨルダンのイスラエル大使館内で、イスラエル人警備員がヨルダン人2人を射殺したこともあった。

いずれもかなり危機的であったが、両国にとって、和平を維持することがいかに大事か、お互いがわかっているので、なんとか危機を乗り切ってきたのだった。

こうした過去を鑑み、INSSは、両国がこの1年の間になんらかの打開策を導き出せるのではないかと期待している。しかし、ヨルダンが、この2箇所に関する契約を延長しないと言っていることについては、変更はないと思われるので、問題の地にいる農夫たちへの代替地や補償について、準備を進めることを政府に進言している。

www.inss.org.il/publication/challenge-israel-jordan-peace-treaty/?utm_source=activetrail&utm_medium=email&utm_campaign=INSS%20Insight%20No.%201102

*ちょっと余談:日本のヨルダン支援

日本はヨルダンにとって大きな支援国である。日本のODAは、ヨルダン国内の難民キャンプへの様々なインフラ整備などを行っているだけでなく、2014年には、ペトラ博物館の設立に6億円以上の支援を行っていた。

日本外務省ページより:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/gaiyou/odaproject/middleeast/jordan/index_01.html

<鉄砲水で流された子供達の救出へイスラエルが協力>

イスラエル、ヨルダンでは、23日(火)、今年始めてとなるまとまった雨が降った。これにより、25日(木)、死海に向けて鉄砲水が発生。これに巻き込まれてイスラエルでは、4歳児が死亡。

ヨルダンでは、死海に来ていた14歳以下の子供たちを乗せたバスが流され、最終的に18人が死亡するという大惨事になった。

イスラエルはヨルダン政府の要請により、669エリート救出部隊を派遣し、子供達の救出にあたった。生還できたのは35人。

www.timesofisrael.com/at-least-10-killed-in-jordan-flooding-idf-joins-rescue-effort/

雨の時期になると、エルサレムの山々から、地球で最も低い死海に向かって、鉄砲水が発生し、死海方面への通行が遮断されることが時々発生する。この4月には、鉄砲水で、イスラエル軍従軍前のティーンエイジャーたち10人が死亡している。

いずれの場合も、政府の注意喚起を無視して、死海方面へ向かっていたことが指摘されている。

www.timesofisrael.com/principal-instructor-arrested-after-10-students-killed-by-flash-floods-on-trip/

ヨルダンに関しては、和平条約の一部をキャンセルという話題で持ちきりだったが、そのわずか4日後には、この大惨事の話題に変わり、イスラエル軍が救出に協力していたことがニュースで取り上げられるようになった。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。