アラブ連盟はUAE・イスラエル国交を非難せず:パレスチナ要請を拒否:2020.9.10

アラブ連盟がパレスチナのUAE/イスラエル合意を非難せず

中東アラブ諸国21カ国からなるアラブ連盟は、9日、イスラエルとUAEの国交正常化は、アラブ・イニシエチブ*に反するとして非難し、UAEに続く国が出ないようにするとのパレスチナ人からの議案の採択を行った。アラブ同盟は、数時間議論し、これを否決すると発表した。

*アラブ連盟加盟国(21カ国・シリアのみ資格停止中) * イラン、トルコは入っていない

アルジェリア、バハレーン、コモロ、ジブチ、エジプト、イラク、ヨルダン、クエート、レバノン、リビア、モーリタニア、モロッコ、オマーン、パレスチナ、カタール、サウジアラビア、ソマリア、スーダン、チュニジア、UAE, イエメン

アラブ同盟は、先月、パレスチナ自治政府が、UAEとイスラエルの合意について、緊急会議を開催するように要請した際も、これを拒否している。このとき、アッバス議長は、味方に裏切られたという意味で、「背中からナイフをさされたようなものだ。」と言っていた。

今回は、同盟として、正式に、UAEとイスラエルの合意を非難しない、言い換えれば認めるとの決議をしたので、パレスチナ人たちは、いよいよ見捨てられた気分になっていることだろう。

これについて、UAEは、「パレスチナ人を見捨てたわけではなく、むしろ、イスラエルが、西岸地区の一部を正式に併合しようとしていたのを防いだではないか。」と反論している。アラブ同盟も、同じ立場であり、パレスチナ人の国の設立という最終目標は変わっていないと言っている。

しかし、イスラエルの側に撤退が全くないのに、UAEが、イスラエルとの国交と正常化するということは、どうみてもアラブ・イニシエチブからの逸脱であり、それをアラブ同盟が、正式に認めたということは、これからUAEに続いていく国が出てくる可能性への道を開いたということでもある。

思えば、トランプ大統領が、就任早々、サウジアラビアを訪問し、経済に大きく関係する「世紀の取引」を持ちかけたところから大穴が開き始めたということだろう。イスラエルとUAEの国交正常化を仲介したトランプ大統領は、ノーベル平和賞候補としてあげられている。

パレスチナ人にとっては、世界からも見放された感があるだろうか。今、パレスチナ人たちは、非常に大きな試練に直面しているようである、

www.jpost.com/middle-east/palestinians-urge-arabs-to-reject-israel-uae-deal-641653

*アラブ・イニシエチブが崩れる背景

今から27年前の1993年、オスロ合意で、パレスチナ国家設立を目指したイスラエルとパレスチナ自治政府は、西岸地区にヘブロンなど自治政府直轄の地域を設立し、少しづつパレスチナ国家の国づくりを始めた。

1999年には、バラク首相が、アラファト議長にかなりの譲歩案を提案したは、アラファト議長はこれを拒否。絶望ムードの中、2000年初頭には、イスラエルでも。これまでの左派政権から、タカ派、シャロン政権へと右派政権へと移行した。すると、第二次インティファーダが発生し、パレスチナ人の自爆テロが頻発するようになり、イスラエル軍も反撃するようになった。

アラブイニシエチブは、こうした状況の中、もはやイスラエルは、いなくならないとの現状を踏まえて、アラブ同盟が出してきた妥協案であった。条件付きとはいえ、アラブ同盟が、イスラエルとの国交も視野にいれたこの案は、画期的として注目をあびた。

パレスチナとの紛争にうんざりしていたイスラエルでも、アラブ諸国との国交に重視し、これも一つの案ではないかとこれを支持する声もあった。しかし、右派に傾きつつあったイスラエルにとって、エルサレム分割や西岸地区からの撤退はもはやありえない条件であった。

その後、2005年にシャロン首相がガザからの完全撤退を断行すると、そこへハマスが現れて実権を行使するようになり、パレスチナ問題は、解決どころか、だんだん解決不能、より複雑な流れになっていった。

ケリー前国務長官と話すアッバス議長
出展:wikipedia

2009年から米大統領になったオバマ大統領のときに、ケリー国務長官が、毎週ぐらいに、頻繁にイスラエルにやってきて、再度、熱心に仲介を試みた。しかし、アッバス議長は何を出してもNOであり、結局なんの結果も残すことはできなかった。

その後、アッバス議長は、イスラエルだけでなく、アメリカとの交渉もいっさい拒否したため、今に至るまで、コミュニケーションは全く途絶えた形となっている。

以来、パレスチナ自治政府は、当事者であるイスラエルとの交渉をまったくしないで、国連や、国際法廷、アラブ同盟など、国際社会へのアプローチを続けている。トランプ大統領から、パレスチナの国を認める形での「世紀の取引」を提示された時も、到底納得出来るないようでなかったことから、完全拒否の姿勢であった。

こうした流れから、またイスラエルの存在がもはや否定できないということが、アラブ同盟にも明らかになってきたことから、アラブ同盟もこれまでの姿勢を変えていかざるをえない、新しい時代が到来したと考えたのかもしれない。

政治的な行き詰まりとパレスチナ人の苦悩

パレスチナ国家形成にむけた具体的な対策が始まってからもう30年近くになる。しかし、ゴールに近づくどころか、先行きがますます見えないという、政治的な行き詰まり状態の中、今、アラブ連盟からも見放された形になっている。

一般のパレスチナ人たちは、それでも日常生活をたんたんと続けているしかないだろう。しかし、若者たちの間には、未来のない絶望からテロに走って、逆にイスラエル軍に殺される人が後を絶たない。

オリーブ山通信で、すべてを網羅できないでいるのだが、ここしばらくも、パレスチナ人が、エルサレムや国境で警備するイスラエル兵、また市民を襲って、重傷を負わせたり、殺害するケースが発生している。

イスラエル軍は、現場の兵士たちに実弾で防衛・対処することを許可している。このため、犯行に及んだパレスチナ人が、その場で、速攻射殺されるという事件が相次いでいる。中には、兵士が不必要にパレスチナ人を殺害したり、テロリストと間違って、一般のパレスチナ人を射殺してしまい、軍法会議に発展するケースもある。

最近、兵士を襲うケースでは、背景にテロ組織とその政治的理念がない、まったくの個人である場合も少なくない。うつを抱えていた人が、テロを、自殺の手段にしているケースも何度か報告されている。テロ事件をおこして、イスラエル兵に射殺された場合、英雄として死亡することになる。家族には、パレスチナ自治政府からの恩給が支給され、自分も英雄として覚えられるのである。

しかし、最近では、UAEとイスラエルの国交に反発しているとみられるテロも発生している。8月26日に、ペタフ・イェィクバで、ラビ・シャイ・オハヨンさん(39)がナイフで刺されて死亡。

先週は、西岸地区ジェニンから、不法に侵入したパレスチナ人(23)が、ローシュ・ハアインで、ラファエル・レビさんを20回以上も刺して重傷を負わせた。レビさんは幸い、生き延びている。

www.i24news.tv/en/news/israel/1599667065-palestinian-man-indicted-for-terrorism-attempted-murder-after-frenzied-attack

西岸地区ヘブロン近郊、東エルサレムの旧市街でも、兵士が襲われ、対処としてパレスチナ人が射殺されている。以下の投稿は、西岸地区で、パレスチナ人とイスラエル兵が衝突する様子。

イスラエルの兵士は、大半が徴兵されて出て行く普通の若者である。それが、このような憎しみの目で攻撃されるのであるから、そのストレスは計り知れない。人の命を軽くみることはゆるされないものの、過剰に反応してしまう兵士もいるということは、想像に難くない。

オフィル刑務所で12人のコロナ感染者が発覚

イスラエルには、パレスチナ人に限定した刑務所が全国に複数ある。エルサレムとテルアビブの間にあるオフィル刑務所はその代表的な刑務所である。コロナ禍の今も、大勢のパレスチナ人が、次々に検挙され、イスラエルの刑務所に連れてこられている。

*西岸地区でハマス検挙21人

西岸地区を支配しているのは、PLOのファタハである。しかし、ガザを支配するハマスも西岸地区には入り込み、水面下で動いている。イスラエル軍は、8日、西岸地区ヘブロン近郊で、踏み込み捜査を行い、ハマス関係者とみられる21人を逮捕した。

パレスチナ自治政府によると、この21人は皆、過去の捕虜交換などで、イスラエルが釈放した者たちだという。イスラエル軍によると、この踏み込みは、」特になんらかのテロ計画があったからではなく、通常の抜き打ち捜査の結果だと言っている。

7日には、ハマスに雇われていたイスラエル国籍のベドウィン、マフムード・マケダドが逮捕された。マケダドは、2019年からハマスに雇われ、バスステーションに爆弾を置くというテロの準備をしていたとのこと。ハマスに金で雇われていた可能性がある。

www.israelhayom.com/2020/09/07/arab-israeli-allegedly-recruited-by-hamas-to-carrying-out-major-terrorist-attack/

こうした中、9日、オフィル刑務所で、コロナ陽性者が12人発生しているとパレスチナのメディアが伝えた。

その報告によると、イスラエル全国の刑務所で、合計27人が感染しており、2人は釈放直後に感染が確認されている。コロナ陽性者について、刑務所がどう対処しているのかは不明。

なお、MIddle East Moniterによると、現在、イスラエルの刑務所にいるパレスチナ人は5000人。このうち700人が、なんらかの病気で41人が女性だという。

www.timesofisrael.com/in-tacit-threat-idf-makes-mass-arrests-of-hamas-members-around-hebron/#gs.f6c8hx

パレスチナ人の間でのコロナの感染がどうなっているのかは、なかなか情報がないのだが、アル・ジャジーラの9月9日の記事によると、西岸地区、ガザ地区、東エルサレムに住むパレスチナ人の中で、コロナに感染した人の総数は3万5000人。死者は215人となっている。

www.aljazeera.com/ajimpact/coronavirus-pummels-crippled-palestinian-economy-200908195504538.html

クシュナー米大統領補佐官からの呼びかけ

振り返ってみると、パレスチナ人がはたして、建設的にこの問題に取り組んできたかどうかは不明だ。現実を見ないで、ただただイスラエルに反発し、イスラエルが出て行くことだけを目指しているようでもある。

結果、人々は、いつまでも憎しみにかられ、若い人々が、本来の才能を使うこともなく、命を落としている。今また、アラブ同盟から見捨てられたような形になり、絶望感はさらに深まったと思われる。

クシュナー氏は、トランプ大統領の「世紀の取引」を拒絶し、行き場をなくしているパレスチナ人に対し、アメリカがパレスチナの国の設立をあきらめたわけではないと強調。アラブ連盟と同様、今回のUAEとイスラエルの合意が成立したことで、イスラエルが西岸地区の30%を併合するのを防いだと訴えた。

その上で、イスラエルの存在という現実をみないわけにはいかないとし、パレスチナ自治政府に対し、「過去にとらわれず、前を向こうではないか」と呼びかけている。

www.timesofisrael.com/kushner-our-plan-is-bid-to-save-2-state-solution-israel-was-eating-up-the-land/#gs.f6fl14

しかし、アメリカの世紀の取引によると、パレスチナ国家があるとはいえ、非武装の原則とされており、東エルサレムの定義もパレスチナ人の主張しているものととはかけ離れている。パレスチナ自治政府としても、そのまま受け入れることは難しいだろう。

結局のところ、パレスチナ人は今大きな壁にぶち当たって、身動きとれなくなったという形ではないだろうか。

石のひとりごと

パレスチナ人の現状を読んでくださった読者には、申し訳ないほどに重苦しい気配をお届けしたかもしれない。パレスチナ問題は、実際のところ、人間の力では解決しえないものではないかと思わされるほどに、こんがらがってしまっている。

エルサレムのダビデの塔に遠足に来たパレスチナの子どもたち

しかし、以前、パレスチナ人の観光バスの運転手が、「大丈夫。日は沈み、日は昇るだ。」と新米ガイドの筆者に笑って教えてくれた。一般のパレスチナの人々は、おだやかで、明るく、常にしたたかに、なんとか生きて行く人々でもあると思う。この困難の時も、どうか乗り越えていってくれているようにと祈る。

この人々に、本当に人々の暮らし、幸せを考えるリーダーが与えられたらどんなによいことだろう。パレスチナ人と、ネイティブのイスラエル人はよく似ていると思う。同じところに住み、基本的に同じものを食べているのだからである。彼らはよい友達になれるだろうと思う。きっと楽しい、おもしろい隣人同士になれるのではないかと思い描いてしまうところである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。