ハマス・イスラエル停戦合意とその後 2018.8.10

8日夕刻から9日朝にかけて、ガザからのロケット弾が、イスラエル南部、スデロットやアシュケロンを含む南部一帯に断続的に打ちこまれ、9日午後には、射程の長いミサイルがベエルシェバ郊外にも着弾した。

午後9時すぎにも南部地域へ数発のロケット弾が撃ち込まれたが、それ以後の飛来はない。10日朝、政府は南部地区住民に出していた、イベントなどの中止の指示をすべて解除した。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5326293,00.html

アラブ系メディアからの情報として伝えられたところによると、9日夜10時45分に、エジプトの仲介ですすめられていたハマスとイスラエルに間の停戦合意が成立したとのことである。

イスラエルはこれを否定しているが、ネタニヤフ首相は、9日午後5時から予定されていた治安閣議を午後7時に延期し、その後2時間あまりの話し合いの結果、午後10時に、「治安閣議は、イスラエル軍に今後もテロ組織には断固たる対応を行うよう指導した。」との報告が出された。

停戦になったのは、午後10時45分ということである。この流れから、イスラエルは、エジプトに、ハマスとの交渉の時間を提供していたとみられ、イスラエルも、ハマスとの停戦に応じたと見るのが自然である。

ただし、この停戦合意は、たんにこの24時間の間の暴力のやり取りを停止するというだけであって、これがエジプトがすすめていた本来の、長期間(5年)の停戦合意かどうかは不明。

後者の合意については、ハマスがイスラエルとエジプトの国境を開放することを要求。イスラエルは、すべての暴力行為を停止することと、イスラエル人2人とイスラエル兵2人の遺体の返還を要求している。もしこちらの停戦であれば、今後、なんらかの動きが出てくるはずである。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5326061,00.html

<この24時間:双方の被害状況>

この24時間で、ハマスが打ち込んだロケット弾は180発以上。このうち30発は迎撃ミサイルが撃墜した。イスラエル側の負傷者は7人で、このうち1人はタイからの出稼ぎ女性で、腹部に破片を受けて重症である。

9日、スデロットを訪ねたが、町は静まりかえっており、公園にも球場にも道路にも人影はなかった。皆前夜にロケット弾の雨で眠れず、この時に寝ていたのかもしれない。

ロケット弾の攻撃を受けた現場を、いくつか訪ねた。ロケット弾は、着弾そのもので被害が出るというよりは、着弾とともに飛び散る金属片で、物や人が傷つくことになる。道路に着弾したロケット弾の周囲5−6メートルにあった車はガラスがが破壊され、胴体には多数の穴があいていた。

あるアパートは、窓の周辺に穴が多数あき、窓ガラスも当然割れていた。居間の天井に穴が空いている家もあった。住民はこの時、家にいなかったそうである。これだけの攻撃を受けて、負傷者が3人ですんだというのは、かなりの奇跡である。

一方、イスラエル軍は、ガザ地区内のハマス関連地点20箇所を空爆。特に今回は、ハマス本部があるとされる5階建のビルを空爆し、グランド0にまで完全に破壊した。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5325862,00.html

ガザでは、ハマス戦闘員と、妊娠中の23歳の女性とその子供(18ヶ月)の3人が死亡した。これについて、ハマスも世界は、めずらしく大きな反発を出していない。

<イスラエルの心理戦?:地上軍投入準備も示唆>

イスラエルは、これまでにハマスと3回、大きな衝突を経験している。もうこれが最後にするべき声も少なくない。実際のところ、イスラエルが本気になれば、ガザ地区の一掃はそう難しいことではない。

正式発表ではないが、イスラエル軍報道官ジョナサン・コンリカス中尉によると、イスラエル軍は地上軍投入の準備も整えているもようである。しかし、地上軍を投入した場合、膨大なガザ市民への被害が出るだけでなく、イスラエル側への被害も覚悟しなければならない。できるだけ避けたいところである。

元首相付治安顧問でイスラエル軍士官36年のヤアコブ・アミドロール少佐(退役)によると、昨夜開かれたイスラエルの治安閣議では、①ハマスが弱体化している今こそ踏み込むのがよいという意見、②北部情勢が緊張している今、ガザとの大きな戦争をするべきでない、という2派に分かれて話し合いが行われた。

最終的に、リーバーマン防衛相は、ハマスにはすでに致命的な打撃を与えたとの判断を示し、地上軍投入の準備は整えながらもとりあえずは、もう少し様子を見るということのようである。

アミドロール少佐は、ハマスには、もはやイスラエルには歯が立たないということがわかっているはずだと語る。

ロケット弾は、いくら打ち込んでも大部分は迎撃ミサイルに撃墜されるし、地下トンネルもすぐに発見され破壊される。海上ルートもイスラエルには完全に遮断されている。加えて、燃料の搬入も止められている。ハマスにはもう手がないのである。

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<ハマスの魂胆は?>

今回、ハマスは、エジプトでイスラエルとの停戦を話し合いながら、同時にイスラエルに対する攻撃を行った。普通に考えれば、理屈にあわず、理解に苦しむ。

ハマスは、今回の衝突について、イスラエルが、まず火曜日にハマスメンバー2人を殺したからであって、責任はイスラエルにあると主張した。しかし、この2人が先にイスラエルを攻撃したからイスラエルが砲撃したのであって、これは間違いなくハマスが先だったと、アミドロール少佐は強調する。

また、今回のイスラエルへの激しいロケット攻撃は、ハマスの指導者が、停戦交渉のためにエジプトへ出発するのを待つようにして始まっていた。万が一イスラエルが大規模に侵攻してきた場合に、指導者だけは逃げておいたとも考えられるが、ハマス内部に不一致があるとも考えられる。

9日夜に停戦合意に至っているのだが、10日金曜には、毎週の国境でのデモを行うという声もある。

要するにハマスは、いったい何を考えているのか、理解しがたい集団と言っておこう。

一方で、イスラエルの方も、何手も先まで読み、裏の裏までかいて動いているので、筆者ごときには、本当のところはわからないと言っておいた方がよいだろう。

<たくましい南部住民>

イスラエル政府としては、国を守ることが最優先なので、できるだけ開戦は避けたいところである。しかし、南部住民は、数年おきにハマスのロケット弾を受け続けている。この地域の子供達の80%は、なんらかのPTSDを抱えているという。

今回、ロケット攻撃が始まった8日夜、スデロットでは、サイレンが鳴り続けたため、夏のイベントなどはキャンセル、スーパーなども閉店を余儀なくされた。この夜に結婚式を計画していた2人は、ラビの元で結婚はしたが、披露宴を延期にしなければならなかった。

花嫁の女性が、テレビに出ていた。一生に一度の結婚式である。日本なら大騒ぎになりそうだが、実にたんたんとしていて、新婚旅行は予定通り行くし、披露宴はまた先にやりなおすと言っていた。新婚の2人も客も、事態は理解しているということであろう。

スデロットにある小高い丘からは、遠くにガザが見える。反対をむけば、スデロット市がみえる。驚いたことに、新しいアパートが次々に建築中であった。ロケット弾でいつ被害に遭うかもわからない町だが、人口は増加傾向にある。出て行く人より移住してくる人の方が多いのである。

スデロットには、学生数800人に上る宗教シオニストの従軍イシバ(神学校)ハスデール・イシバがある。ディレクターのアリ・カッツ氏は、「スデロットにいれば、犠牲を伴うことは覚悟しなければならない。しかし、私たちは、ここに置かれたのであって、最終的には、もっと大きな(神の)計画があることを信じている。」と語った。

スデロットにい続けている住民も、ここから出て行く気はないと語る。この町で、恐れず、日常を続けることが使命とも思っている人もある。Yetには、9日夜、まだ攻撃が終わっていない中、バーに出かけたアレックスさん夫妻の様子が伝えられている。

1発のミサイルを9日午後に受けたベエルシェバでも、その夜に予定されていた屋外での電飾によるライトショーが行われ、4万5000人が参加した。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5326237,00.html

苦難に屈しないこの人々には、いつもながら教えられる。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。