ネタニヤフ首相が司法制度改革案の採択延期を表明:ソロモン王の名裁判(聖書)引用2023.3.28

ネタニヤフ首相が司法制度改革案審議延期を発表

27日、国内が、朝からゼネスト(労働組合のスト)で麻痺する中、エルサレムの国会前に10万人とも言われるデモ隊が、無数のイスラエルの旗を翻して、ネタニヤフ政権が推し進めている司法制度改革の停止を訴えていた。

ネタニヤフ首相は、朝のうちに、改革の停止を発表すると予想されたが、夜になるまで発表はなかった。すると、逆に司法制度改革に賛同する人々からなるデモ隊が群衆となって、国会に近いサカ・パークに集まってきた。こちらも無数のイスラエルの旗を掲げていたが、中に、リクード(ネタニヤフ首相)が見られた。

www.timesofisrael.com/in-first-tens-of-thousands-rally-to-back-overhaul-ministers-promise-it-will-pass/

その中には、過激右派で、暴力で問題にもなった、エルサレムのサッカーチームのファンクラブ(ラ・ファミリア)の数十人も見られたことから、暴力的な衝突、そこから内戦も懸念される事態となってきた。

こうした中、ネタニヤフ首相と、極右ベン・グビル氏(警察管轄)の間で、国家治安部隊を組織して、グビル氏の配下に入れることを条件にグビル氏が、改革法案決議の延期することで合意に至ったとのニュースが流れた。

www.timesofisrael.com/to-okay-overhaul-delay-ben-gvir-gets-promise-for-national-guard-under-his-control/

この直後の午後8時過ぎ(日本時間午前3時前)、ネタニヤフ首相は、国民への会見を行い、司法制度改革の審議を、過越休暇の後まで延期すると発表した。

結論から言うと、司法制度改革を停止すると言っているのではない。今週、国会審議(2回目、3回目可決をめざして)する予定であった、司法制度改革案の重要な基盤となる最高裁裁判官の任命に関する法案の審議を、過越休暇後の国会会期まで延期するというだけのことである。

しかし、ネタニヤフ首相は、聖書の中のソロモン王の名裁判を引き合いに出して、内戦に陥り、国が引き裂かれることを避けたいので決断したと述べた。これから交渉を行い、幅広い国民からの合意を得たいとしている。その際、これまで、双方の間で妥協案がないか模索していた、ガンツ氏の案の元で、交渉に応じると述べた。

しかし、同時に、ネタニヤフ首相は、デモ隊の中に、過激派がいて暴力になること、また、特に予備役兵の招集拒否だと指摘した。「イスラエルは、イスラエル軍なしには立ち行かない。イスラエル軍もイスラエルなしには立ち行かない。」として、予備役兵たちに反旗を翻らせた者たちの罪は重いと非難した。

また、逆に、司法制度改革を支持するとして出てきた人々に対して感謝を表明し、選挙で支持を得ているとして、司法制度改革は、必ずやりとげると述べた。国会での審議を延期するのではあるが、けっして、デモ隊に兜を脱いだのではないということを強調したような発表であった。

*ソロモン王の名裁判(第一列王記3:16-28)
ソロモン王は、紀元前900年代、サウル、ダビデに続くイスラエル王国で3番目の王である。後にも先にもいないといわれるほどの知恵を与えられたとされる。そのソロモン王の前の一人の子供を前に、自分こそ母親だと主張して争っていた2人の女性がやってきた。

ソロモンは、家来に、剣を持って来させ、その子を半分に切り裂いて、二人の分け与えよと言った。すると一人の女性は、どうか子供を切り裂かないよう、殺さないでほしいを懇願し、子供をその女性に引き渡すよう申し出た。

ところが、もう一人は、その子供がどちらのものにもならないよう、断ち切るようにと申し出た。これをもってソロモンは、先の女性こそが、本物の母親だと判断し、子供をその女性に引き渡した。

エルサレムで右派勢が一時暴徒化・アラブ人襲撃で警察とも衝突

過激派の問題を指摘したネタニヤフ首相だったが、皮肉にもスピーチの後、エルサレムでは、司法制度改革推進派のデモ隊に入っていた過激グループのラ・ファミリアのメンバー数十人が暴徒化し、付近にいたアラブ人タクシーを取り囲んで、窓を叩くなどした。タクシー運転手はそこから逃げようとしたが、車の前方が大きく凹むほどの損害を受けた。

アラブ人青年がリンチされそうにもなった。警察は暴徒対策を発動して、これに対処した。反対派の要求に応じて、司法制度改革を延期したことに、極右たちが立腹したのだろうか。よくはわからない。

テルアビブでは、アヤロン高速を封鎖していた、左派側のデモ隊と警察が衝突。放水銃や、閃光手榴弾(威嚇用で殺傷能力はない)も使われたという。警察がデモ隊を追い散らした後には、大量の金属片などが落ちていて、暴徒が危険な状態にあったことが窺える。

www.timesofisrael.com/country-wide-demos-for-against-temporarily-halted-overhaul-end-in-clashes-with-cops/

野党代表はネタニヤフ首相の決断を歓迎もラピード氏は懐疑的

ネタニヤフ首相が、司法制度改革の審議を延期すると発表したことについて、ラピード筆頭野党と、ガンツ国家統一党党首は、歓迎する意向を表明。労働組合もこれに順じて、ストを解除した。空港も業務を再開した。

しかし、ガンツ氏が、ネタニヤフ側との交渉に意欲を表明している一方で、ラピード氏は、交渉について懐疑的で、まだ交渉開始に合意したわけではない。

1)ガンツ氏:ネタニヤフ首相との交渉に意欲

ガンツ氏は、ネタニヤフ首相がガンツ氏の流れでなら話し合うと言ったことを受けて、交渉に意欲を表明している。また和解の一歩として、ガラント防衛相の復帰を要請した。

2)ラピード氏:司法制度改革は白紙に戻した上で、基本法(今回のように法律の改正も可能)から「憲法」を制定すべき

ラピード首相とガンツ防衛相時代の二人Photo: Ariel Hermoni, Defense Ministry)

ネタニヤフ首相が発表したのは、改革はあくまでもやり遂げることを目標に、最高裁裁判官任命に関する国会での審議を延期しただけである。

これに対し、ラピード氏は、あくまでも司法制度改革は停止した上で、交渉を行うという立場を変えていない。

また、このような不安定な状況を将来にわたって経験することがないよう、変化が容易な基本法ではなく、しっかりした憲法にしていくべきだと主張している。(イスラエルは、国境線が策定できていないなどの理由で、まだ憲法を制定できていない。その代わりが基本法である。)

また、ネタニヤフ首相が、ここに至る条件として、極右ベン・グビル氏の条件を飲み、警察の支配権をさらに拡大したことも問題である。

野党側、労働党はじめ、司法改革反対派たちからは、今、ガンツ氏を持ち上げて、交渉しようとしているのは、ネタニヤフ首相の策略ではないかとの声が出ている。

どういうことかというと、ガンツ氏をうまくまるめこんで、なんとか今はことを沈静化させようとしているという策略である。来週からは、過越の大型連休や、その翌週の建国記念日のお祝いなどひと月もあるので、それが、リセットになり、その間に、市民の意識が変わるかもしれないということである。

実はガンツ氏は、以前、ネタニヤフ首相にうまく使われたことがあった。総選挙の前、ガンツ氏は、ラピード氏と組んで、青白党として、筆頭野党側に立っていた。しかし、途中で、ネタニヤフ政権側に寝返り、その後結局、ネタニヤフ首相に切り捨てられるという経験をした。ラピード氏は、前政権の時に、一回裏切られたガンツ氏と再度、手を組むという道を選んでいたのである。

ところがまた今、ガンツ氏がネタニヤフ首相側に引き入れられそうになっている。ラピード氏は、以前の経験から、ネタニヤフ首相が信用できないと懐疑的である。両者の間を平等に取り持つのは、ガンツ氏ではなく、ヘルツォグ大統領とするべきだと主張している。

これからどうなるのか?

ネタニヤフ首相のスピーチを受け、ヘルツォグ大統領は、「司法改革の凍結はよいことだ。両陣営は大統領官邸での交渉をすぐにもはじめてもらいたい」との声明を発表した。しかし、過越までの短い間に何かが動くかどうかは不明である。

ネタニヤフ首相は、基本的には、司法制度改革をやり通す方針であることは明らかなので、これからもデモは続くとの見通しになっている。しかし、来週からは過越の大型連休と、ホロコースト記念日、戦没者記念碑、建国75周年と祝い事が続く。

左派世俗派たちの多くは国外に旅行にいく計画の人も100万人を超えるとも言われている。確かにその間に人々の心はどう動くのかは、現時点では予測は不能である。

また、パレスチナ情勢や、イラン情勢が緊張しているので、万が一にも有事の事態になれば、ネタニヤフ首相をリーダーに、国は一致しなければならない。これからどうなるのか?いつものように、イスラエルについては、主だけが、その将来を知っておられるということである。

石のひとりごと:ネタニヤフ首相のしたたかさ全開

GPO

今なにが起こっているのかというと、過越大型連休の前に、一応の一段落になる?ならない?というところである。

一応、過越前に終えるとしていた、最高裁任命に関する審議は延期にしたということではあるが、司法制度改革自体は、やりとげると言っているからである。なにやら微妙で、決して皆が満足するような落着でないことは明らかである。しかし、なんとか沈静化はしたかもしれない。(まらわからないとしておこう)

実際のところ、ネタニヤフ首相が、右派政党やユダヤ教政党に振り回されているだけの弱い立場に立っているのか、逆に彼らを利用している立場にいるのか、実際のところはわからない。しかし、いずれにしても、今回もネタニヤフ首相のしたたかな政治的計算には、今回も感心させられた。

ネタニヤフ首相は、最高裁から、汚職により、司法制度改革に関わってはならないとされていたこともあり、この3ヶ月ほどは、首相になったとはいえ、この件については、あまり表には出てこなかった。そのため、政府も社会も、強い指導者不在のような中で、司法制度改革が進んで、どんどんと混乱を深めていった様相だった。

しかし、先週、最高裁が首相を解任する権限はないとする新法が制定されると、すぐにネタニヤフ首相がリーダーシップを発揮し始めた。

国内では、ネタニヤフ政権の方針に反対する市民の数が、60万人70万人という中になっていた27日朝、イギリス訪問時のインタビューがイスラエル国内でも流された。その中で、ネタニヤフ首相は、司法制度改革がなぜ必要なのかなど、自らの意見を堂々と述べて、自身の存在感を、復帰させた形となった。

その後からは、右派のネタニヤフ首相支持者たちも戻ってきて、これまでのデモ隊とは逆の、親ネタニヤフ政権、司法制度改革支持の大規模なデモを開始した。こちらは、司法制度改革を支持するというよりは、親ネタニヤフの色の方が濃いようである。

ネタニヤフ首相は、そうした支持者の動きが出てきてから、国民へのスピーチを行ったということである。また過越休暇という時間稼ぎをするという点においても、ネタニヤフ首相らしい計算が見え隠れする。

実際、これを書いている間に、司法制度改革に関する国内騒乱が一段落したと評価して、アメリカのバイデン大統領から、訪米招待がネタニヤフ首相に届いた。これはネタニヤフ首相にとっては追い風になるかもしれない。ネタニヤフ首相、ほんとうにしたたかな、まさに何手も先を読むような政治家だと思う。

しかし、今、何がイスラエルにとって、一番良いことなのだろか。司法制度は変えるべきなのか。変えるべきでないのか。双方共に自分の考えが正しいと思っているが、どちらもが間違っているかもしれない。

来週から始まる過越は、エジプトで奴隷であったモーセ時代のイスラエルの民が、出エジプトを決行し、エジプトに追われて、絶体絶命の中、自力での解決がまったく見えない中で、ただ主なる神の力だけで、助けられ危機を脱出したことを祈念する。

これを覚えるネタニヤフ首相はじめ、ラピード首相、ガンツ氏、リクードメンバーや、デモ隊のすべての人々が、主の前に立って、自分の知恵ではなく、主により頼んで、導かれる最善の道を選び取ることができるようにと祈る。

主は地の果てまでも戦いをやめさせ、弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。(詩篇46:9-11)

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。