テロ対策で激しい議論 2016.2.11

イスラエルは多様な国である。考え方も様々である。それが集まって、世界でも最もややこしい場所にあり、絶えず生死に関わる問題に直面している。したがって、イスラエルでは、常になんらかの激しい論議が行われている。今ある論議もかなりシリアスな問題である。

<テロ対策はどうするのか?>

前回オリーブ山便りを送信してからもテロは続いている。

8日月曜、テルアビブに近いラムレで11才のユダヤ人少年が17才アラブ人少年に刺されて中等度の負傷。アラブ少年は、逃げようとしていたころ逮捕された。ラムレでは先週13才少女2人が警備員を刺すという事件が発生している。

月曜午後、エルサレム旧市街のダマスカス門で、42才のアラブ人女性が、あやしい動きをしていたところ、所持品の中に大きなナイフが発見されて逮捕。人を刺すつもりだったと自供。

www.jpost.com/Israel-News/11-year-old-wounded-in-Ramle-stabbing-police-checking-motives-444247

9日には、ダマスカス門で16才の少女が、IDの提示とかばんの開示を求められたこころ、ナイフを出して治安部隊に切りかかった。少女はその場で逮捕。

エルサレム南部グッシュ・エチオンでは13才の少女が、入植地入り口付近で怪しい動きをしているとの通報から、治安部隊が身柄を確保した。ナイフを所持していた。 www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4763983,00.html

9日夕方には、エルサレム南部の入植地ネエベ・ダニエルで、ジョギングをしていたトメル・ディチュアさん(28)がナイフで刺されて中等度の負傷。ビデオ:http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/207844#.VruPV6UWnA8

・・・というように、ほぼ毎日、イスラエル市民に負傷者が出るか、その試みが発生しているということである。政府はこれにどう対処するのか。

1)政府:パレスチナ人経済支援と全国に防護壁設置へ 

イスラエル軍は以外にも、今のパターンのテロは武力による取り締まりだけでは逆効果だとの分析を明らかにした。彼らの生活を改善しない限り、テロへの動機はなくならないというのだ。(パレスチナ側のデータでは、西岸地区の20-29才の失業率は30%・2015年)

そのため、政府は、あらたにパレスチナ人3万人に、イスラエル国内での労働許可を出すことを計画しているという。現時点で労働許可を持っているパレスチナ人は5万5000人。*数値データはYネットより

この5万5000人とともに、許可証を持っていない3万人の計8万5000人のパレスチナ人が毎日、検問所を通過している。そこへ新たに3万人が加わることになる。テロの多くは検問所で発生していることを思うと、これはまさに、右の頬を殴られて左を出すようなものである。

しかし、連立与党の右派ユダヤの家党のベネット党首は、3万どころか10万人に労働許可を出すべきだとも言っており、この方策が効果ありという結論に政府も達したようである。

同様の考えから、昨年末、イスラエル政府は、アラブ市民開発5カ年計画を開始し、150億シェケル(4700億円)を計上している。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4763666,00.html

しかし、ネタニヤフ首相は10日、それだけでなく、防衛を目的として、イスラエル人の住む地域全域を囲む防護壁を設置するための準備を始めたことを明らかにした。(防護壁がどのようなラインにそって設置されるのかという一番大きな問題は発表せず)

つまり、アメを与えて、テロを起こす気をくじくと同時に、防衛もきっちり行うということである。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4764153,00.html

2)野党・シオニスト陣営(労働党)案

最大野党のシオニスト陣営(労働党)のヘルツォグ党首は、現時点では、もはやパレスチナ側との話し合いは不可能だという認識を示し、労働党独自の防衛案を提出した。

それによると、まず厳しい現実を見据え、2国家設立案(イスラエルとパレスチナという2つの国にする案)をとりあえず、いったん保留とし、両者をできるだけ分離して、落ち着いたところで、話し合いを再開するという事が骨子になっている。

具体的には、こちらもネタニヤフ首相と同様、イスラエル人居住区を防護壁で囲んでパレスチナ人との接触を最小限にするということだが、その中で、エルサレムの周囲を取り囲む28のアラブ人居住区との間にも壁を作ると訴えている。

現在、東エルサレムのパレスチナ人居住区には、100%パレスチナ人だけが住んでおり、そこから多数のテロリストが排出されている。東エルサレムと西エルサレムの間には、なんの隔てもない。

ヘルツォグ氏は、イスラエルを憎むパレスチナ人しかいない地域を含めて、統一されたユダヤ人国家の主都エルサレムだというのは、少なくとも現時点では、非現実的だと主張する。

しかし、東エルサレムとの間に、たとえ一時的であっても壁をつくることは、統一された町エルサレムを推進しようとして、東西をつなぐ路面電車まで通してがんばっているエルサレム市の意向に大きく反する。バルカット市長はこのヘルツォグ案を、エルサレムを再分割することだと反発している。

ネタニヤフ首相は、10日の国会で、ヘルツォグ氏の案について、「今頃になって現状(現時点で2国家2民族案が不可能だということ)に気がついたのか。おめでとう。それに気がついたのはあなたが最後だ。ようこそ中東へ。」と痛烈な嫌みを放った。

こうしてみると、やはり政府案の方が、ましにも思えるが、パレスチナ人に支援をしたとて、それでテロが減るとも考えにくく、なかなか難しい問題である。いずれにしても、結局は、神のみこころ(おぼしめし)がなるというところか。

<非倫理的か民主主義か?:アラブ系議員がテロリスト家族を訪問>

上記のように、ユダヤ人どうしでも常に意見が割れているが、イスラエルには、互いに敵対する2つの人々が、同じ国民の権利を持って共存しているという、他国にはない課題も持っている。こうなると、同じ出来事でも、見る方向が違うので、いちいち意見が分かれる。

ここしばらく、イスラエルでは、治安部隊に射殺されたテロリストの遺族を、アラブ系議員が訪問したことで、連日大きな論議になっている。

4日、アラブ統一政党の議員のうち3人が、昨年10月に、エルサレム東南部アルモン・ハナチーブで、バス78番に乗っていたイスラエル3人を殺害し、逃亡中に治安部隊に射殺されたテロリストの家族を訪問した。この家族は、その翌日、パレスチナ自治政府のアッバス議長に招かれてラマラの議長府を訪問している。

訪問を実施した議員は、これまでからも反イスラエル行動で問題になり続けてきたアラブ人女性議員のハナン・ゾアビ氏と他2人だった。

このことは、イスラエル人の心情を大きく逆なでした。特に問題となったのは、議員たちが、家族を訪問した際に、死者に敬意をはらって1分ほどの黙祷をしたことだった。

「これらの家族は、息子にユダヤ人を憎むように育ててきた家族ではないか。ユダヤ人を殺したテロリストのために、イスラエルの国会議員がその家族を訪問し、黙祷するなどもってのほかだ。」と大騒ぎになった。

これはたとえば、日本にイギリス人政党があったとして、その議員が、後藤健二さんたちを殺害したイギリス人ISISの聖戦ジョン(欧米軍の空爆で死亡が確認された)の家族を訪問し、ジョンのために黙祷したようなものである。日本でもおそらく問題になることだろう。

ネタニヤフ首相は、「自由にもほどがある。この3人はイスラエル国会の議員の資格はない。」と厳しく非難した。与野党の党首もそれぞれ厳しく非難するコメントを出した。ベネット氏にいたっては、3人を「黒いシミだ。」とまで言っている。

これに対し、訪問を実施したアラブ系議員たちは、「治安部隊に射殺されたパレスチナ人の遺体が、4か月も経つのにまだ警察の冷蔵庫に入ったまま返還されていない。

訪問の目的は、あくまでもイスラエルが出している遺体返還の条件について、遺族と相談・交渉するためであり、法にふれることは何もない。」と反論している。 

1)アラブ統一政党・党首アイマン・オデー氏の反論ー9日記者会見抜粋

オデー氏はこの件について、以下のように説明、反論した。

この訪問は、純粋に遺体の返還に関する交渉のためだった。黙祷したと非難されるが、それはアラブの文化・礼儀に関わる事で、死者がどんな人物であったかには関わりがない。

この事件の後、テロはテロとして非難するべきだとさんざん言われた。しかし、私はアラブ系市民(全人口の20%)を代表とするものとして、アラブ人たちの心情にも沿わなければならない。

私は、暴力には断固反対する。最近のテロは、倫理的にだけでなく、政治的にも間違っている。私は、ユダヤ人とアラブ人が共に働けば、この問題を解決できると考えている。しかし、イスラエルでは、残念ながら、アラブ人は頭から問題あり少数派という扱いを受ける。同じ国民でも立場は対等ではない。

今回のことで、ネタニヤフ首相はじめ、閣僚たちも一斉にアラブ人を責め立てる発言をした。国の指導者らのこうしたコメントを聞いてイスラエル在住に在住するアラブ人がどんな気持ちになると思うのか。残念ながら溝は深まる一方だ。

2)イスラエル政府の対処

イスラエル政府は、9日、パレスチナ人テロリスト10人の遺体の返還すると発表した。

www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Palestinian-campaign-demands-Israel-release-bodies-of-east-Jerusalem-attackers-444340

イスラエル政府は、テロリスト家族を訪問したアラブ系議員3人について倫理諮問委員会を開き、3人に対する訴えを受け付けた。ネタニヤフ首相やエデルステイン国会議長を含む450件の申し立てがあった。

これを受けて、3人は向こう4か月を上限として、国会への出入り禁止となる。さらにネタニヤフ首相は相当怒り狂っていたらしく、3人の行為を違法だとするための法整備もすすめているところである。

www.jpost.com/Israel-News/Politics-And-Diplomacy/Knesset-Ethics-Committee-bans-Balad-MKs-from-Knesset-debates-444297

<石のひとりごと>

倫理か民主主義か。この問題は、連日、テレビでも激しく論議された。この問題は、ユダヤ人と戦って来たアラブ人も共に住む中で、ユダヤ人の国という性質を維持しながら、かつ民主主義を維持することの難しさを現す一面である。

しかし、この問題がオープンに論議されているところや、オデー氏が、外国人記者らに向って自分の主張を述べられる所が、すでにイスラエルがすぐれた民主国家であることを現しているのではないかと思う。

少なくとも、よくやっているといいたいところである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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