イランのライシ大統領がシリア訪問:シリア関連で大きく変わる中東勢力図 2023.5.6

In this photo released by the official Facebook page of the Syrian Presidency, Syrian President Bashar Assad, right, shakes hands with Iranian President Ebrahim Raisi in Damascus, Syria, Wednesday, May 3, 2023. Iranian President Raisi Wednesday met Syrian President Assad in Damascus in a bid to boost cooperation between the two allies, state media reported. (Syrian Presidency via Facebook via AP)

変わる中東勢力図

%はスンニ派の割合https://www3.nhk.or.jp/news/special/new-middle-east/sunni-shia/

シリア内戦から10年以上が経過した。シリアは、2011年に始まった内戦で、国民の50万人以上が死亡。半分は国内外で難民になる中、内戦自体は、イランとロシアの介入で、(強制的に)鎮圧方向となり、アサド大統領が安定した権力を回復している。

こうした中、イスラエルと湾岸諸国が手を組むアブラハム合意が成立するなど、中東アラブ諸国の関係にさまざまな変化が出ていた。

しかし、今年2月6日、トルコとシリア国境付近での大地震が発生したこと、またイスラエルが国内分裂・国力弱体化の様相となっていることから、中東勢力図に、また新たな変化に拍車がかかっている。

まず今年3月10日、シーア派イランと、スンニ派サウジアラビアが、中国の仲介で国交正常化を発表し、世界を驚かせた。これにより、両国が代理戦争をしていると言われていた、イエメン内戦にも沈静化が進んでいる。その後、サウジアラビアは、イランとの関係が深い、シリアとの関係回復にも動き始めた。

2月に大地震にみまわれたトルコでは、死者は5万人を大きく超え、難民も多数発生し、その対処に苦難を強いられている。こうした中、トルコもシリアとの関係回復にむけた動きに出ており、4月25日、ロシアの首都モスクワで、トルコ、イラン、シリアとロシアが、国防相レベルの会議が行われた。5月には、同じ4国の外相級会議がモスクワで行われるとの情報もある。

jp.reuters.com/article/syria-crisis-russia-turkey-idJPKBN2WM1CH

続いて5月3日、イランのライシ大統領がシリアを訪問。アサド大統領と会談して内戦後復興支援の先頭にいることを世界にアピールした形となった。

ライシ大統領は、シリア滞在中に、パレスチナ組織(ハマス・イスラム聖戦)との結束も公に約束し、「イスラエルはまもなく終わる」といった声をあげた。

まとめると、中東のイスラム諸国が、ロシア、中国を含めて、一致に向けて動き始めているともみえる。イスラエルは、これを冷静に見極めながらも、核兵器完成間近?のイランとの対立に備えるべきだとの見方も出ている。

トルコ・シリア・イラン・ロシアのモスクワでの会議

4カ国の国防相は4月25日、モスクワに集まり、トルコとシリアの国交再開について話し合いを行った。トルコは、シリアの反政府勢力を支援したり、クルド人勢力との対立などで、シリアとは敵対する関係にある。これをイランとロシアが取り持つという形である。

しかしこれについては、実現にはまだ課題が満載のようである。

www.jpost.com/middle-east/article-740124

ライシ大統領シリア訪問:アサド大統領と会談

1)シリアへの変わらぬ支援を約束

(AP Photo/Omar Sanadiki)

先月28日に、イラン外相がレバノンを訪問し、ヒズボラ(イラン傀儡)と会談したのに続いて、5月3日、イランのライシ大統領がシリアを訪問。ダマスカスに2日間滞在して、アサド大統領と会談し、内戦後シリア再建にむけて、石油の供給など実用面でも、長期間の協力関係を続けることで合意する文書に署名した。

イランの首脳がシリアを訪問するのは、13年ぶりであった。サウジアラビアなど、中東諸国がシリアとの関係を回復しようとする中、先行して首脳が訪問することで、シリア復興の主導者としてのイランの立ち位置を明確にする目的もあったとみられる。

www.timesofisrael.com/israeli-strikes-on-syria-intensify-as-tensions-with-iran-rise/

2)パレスチナ組織へも変わらぬ支援を約束

May 4, 2023. (Iranian Presidency Office)

ライシ大統領は、シリアを訪問中、パレスチナ組織ハマス、イスラム聖戦の指導者らとも会談。パレスチナ人指導者らは、イランのこれまでの支援に感謝を表明し、西岸地区、ガザ地区の現状報告も行った。これに対し、ライシ大統領は、今後も継続して支援していくことを約束した。

apnews.com/article/syria-iran-palestinians-israel-raisi-65c747089201580d0f555e55a0fec489

アラブ連盟がカイロで外相級会議:シリアの連携復帰を検討

アラブ連盟(22カ国)は、2011年に内戦が始まって以来、シリアを除名措置にしたが、5日、カイロで外相レベルの緊急会議を行い、シリアの連盟復帰についても話し合われた。近くサウジアラビアがアラブ連盟を招集して、これを正式に決めるとみられている。

jp.reuters.com/article/syria-crisis-russia-turkey-idJPKBN2WM1CH

接近する中東の変化の背後にあるもの

こうした動きについて、イスラエルの国家治安研究所(INSS)の専門家たちは、中東諸国が、これまでのようなイデオロギーによる対立ではなく、経済面など、実際的な面を見て動くことを余儀なくされていると分析する。その理由として挙げられているのが以下の2点。

1)中東におけるアメリカの存在感がうすくなった

その原因は、アメリカが、石油原産国となり、中東に依存しなくなって地域から手を引いており、その分、ロシア、中国が進出している。それらの国は、シーア派のイランやシリアと関係が深い。このため、これまでアメリカに接近しようとしていたスンニ派湾岸諸国も、アメリカ依存できなってきた今、ロシアや中国を意識しつつ、その影響下にあるイランに接近しておくということである。

2)イスラエルもあてにできない

INSSは、今イスラエル国内が分裂する勢いにあることも中東のイランへの接近の原因のひとつに挙げている。湾岸諸国は、アメリカとその友好国であるイスラエルの技術力に目を向けて、アブラハム合意はじめ、イスラエルへの接近を見せていた。

しかし、ここへきて、イスラエルが国内から分裂する勢いにあり、その影響は軍や警察にまで及始めている。強硬右派政権により、パレスチナ人への対処(西岸地区で今年に入って空だけで100人近いパレスチナ人戦闘員が死亡)もアラブ諸国としては、受け入れ難いものである。アラブ諸国としては、アメリカやイスラエルに接近することが、好ましくないと思われる状況も多々あるということである。

とはいえ、たとえばUAEなどは、イランとの友好が、イスラエルとの関係悪化につながることはないと主張しており、イランをとって、イスラエルを捨てるということではない。以下に述べるように、実質的な益にむけて、両方とつきあうという感じだろうか。

3)強力な軍事力と紛争の元になるイランと手を結んでおくことで自国の安定をはかる

また、イランは、中東でも最強の軍や核兵器も持っている上、あちこちで紛争の元になるような組織を支援している。このイランとたとえ表向きだけでも手を結んでおくことで、自国への被害を最小限に抑えることが期待できる。

外部紛争に悩まされることなく、国内に目をむけることができるということである。

www.inss.org.il/publication/detante/?utm_source=activetrail&utm_medium=email&utm_campaign=INSS%20Insight%20%7C%20The%20Beginning%20of%20a%20New%20Era?%20The%20Implications%20of%20Regional%20Détente

イスラエルへの影響は?:イランは核兵器5発分所有とガラント防衛相が警告

Israeli Defence Minister Yoav Galand (AP Photo/Thanassis Stavrakis)

イスラエルで強硬右派政権となり、パレスチナ人との対立も悪化していることから、これまですすんでいたアラブ諸国との関係に一定の水がさされたことは否定できないだろう。

しかし、アラブ諸国は今や、イデオロギーよりも現実問題を重視する傾向にあるので、簡単にイスラエルに敵対することもないとみられる。実際には、イスラエルの背後には、今もまだアメリカがおり、武力も先進技術力においても世界のトップをいっているのがイスラエルである。うまく両天秤にかけていることと思う。

しかし、イランが力をつけていることについては、イスラエルはやはり最大限注視している。4日、ギリシャを訪問したイスラエルのガラント防衛省は、イランがすでに5発分の核兵器を製造できるだけの濃縮ウラン(20%と60%)を蓄積していると危機感を表明した。

イランの核兵器問題については、先進国とイランとの間で、協議が始められたが、まったく合意にはいたらず、頓挫している。イランはその間にも核物質ウランの濃度を、平和的利用では不要な濃度にまで上げ続け、蓄積しているということである。

www.timesofisrael.com/gallant-iran-has-amassed-enough-uranium-for-5-nuclear-weapons/

イスラエルは、それが核兵器にならないよう、シリアと時にイラン国内にある、その関連施設などを攻撃し続けているということである。

今後、中東諸国がシリアとイランとたとえ表向きだけでも手を結ぶことで、イスラエルに反対しないまでも、イランの動きにも反対しない可能性が高い。特にイランがパレスチナ問題を発火点にした場合、アラブ諸国はこれに反対することができなくなる。

言い換えれば、イスラエルは、中東において、単独で、イランに立ち向かう事態になっていくということである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。