イランに反米・保守強硬派ライシ大統領:イスラエルは警戒・アメリカと連携模索

エブラヒム・ライシ氏 wikipedia

イランに反米・保守強硬派ライシ大統領

18日、イランで、反米・保守強硬派のエブラヒム・ライシ氏(60)が、次期大統領に決まった。ライシ氏は、若い頃、イラン革命を指揮した故ホメイニ師にも認められた筋金入りイスラム主義者で、今もイスラム最高指導者アリ・ハメネイ師(82)の腹心である。

ライシ氏が着用している黒いターバンは、預言者モハンマドの子孫であることを主張するもので、シーア派における権威を意味する。イスラム法権威で、イランの司法長官でもあるライシ氏の登場は、イランにおいて、シーア派イスラムのイデオロギーが全面に出された形と言ってもよいだろう。

イラン国民がこれに賛成しているかどうかは別として、新時代のイランの旗印が、明らかに穏健派から、反米・イスラム主義の保守強硬派になったということである。

これは、イスラムではない勢力であり、イランから悪魔呼ばわりされているアメリカとイスラエルにとっては、非常に懸念される事態である。イランが、すでに核兵器に近づく濃度60%のウランを所有していることから、イスラエル高官の中からは、「再びイランの核施設への攻撃も考えざるをえなくなった」との発言が出たとニュースも出ている。

イランとの核合意(JCPOA)への影響

今、注目されるのは、今年4月からウイーンで行われているJCPOA(イランと国際社会の核合意)の今後である。トランプ政権の時にアメリカが、合意から離脱したのに合わせてイランも合意からは離脱した形でウランの濃縮を進めている。

今、バイデン政権は、この合意に復帰し、イランにも合意に戻ってウランの濃縮を停止させ、新たな合意に修正して期限を延長することを目指している。しかし、イランは、強気姿勢で、アメリカが課している経済制裁を全面的に撤去することを条件としているため、こう着状態が続く。

こうした中、次期大統領が反米・保守強硬派のライシ氏が大統領に決まり、その就任が8月3日ということになった。イランが今後どう出てくるかが注目される中、昨日、イランのJCPOA代表が、アメリカとの合意が、まもなくに近づいたと発表した。

様々な見方がある中だが、イランは、今の穏健派ロウハニ大統領の間のこの問題を片付け、国際社会の経済制裁を解除させておくつもりではないかとみられる。責任を全部ロウハニ大統領に被せ、経済制裁解除の恩恵は、ライシ氏の時代になってから享受して、国民の支持を得るという作戦である。

www.timesofisrael.com/raisis-win-in-iran-means-nuclear-deal-must-be-done-by-august-3-or-not-at-all/

アメリカは、イランとの合意復帰に今も意欲を失っておらず、イランとの融和措置の一環か、トランプ時代に拡大された中東に駐留する米軍の規模を縮小することを明らかにしている。

アメリカとの軍事連携急ぐイスラエル

コハビ参謀総長とガンツ国防相
出典:イスラエル国防相

イスラエルは、アメリカがイランとの合意に復帰することも、中東の米軍縮小にも危機感を持っている。

このため、先月、ガンツ国防相がアメリカでオースティン国防長官と会談したのに続いて、今現在、イスラエル軍のコハビ参謀総長がワシントンを訪問中で、本日からイランの新政権に関することも含めて、アメリカの防衛筋と協議が行われることになっている。

ベネット首相は、20日、初回となる閣議において、ライシ氏は、多くを処刑した強硬派であり、決して選ばれるべき人物ではなかったとして、「ライシ氏の当選は、イランとの核合意に戻ろうとする国際社会への、目覚めよということだ。」と述べた。

www.timesofisrael.com/bennett-hardliner-raisis-election-a-sign-for-world-powers-to-wake-up-on-iran/

エブラヒム・ライシ氏とは?

エブラヒム・ライシ氏は、シーア派イスラム法学者で、1985年にテヘランの次席検事となり、1988年からは、イスラム革命のホメイニ師時代から、20歳で政治に関わり、ハメネイ氏になってからも、29歳から司法関係の指導者を歴任。2019年からはイランの司法長官となった。

イスラム導師として、慈善活動を管轄するほか、汚職を摘発するなど、いわば“本物”のイスラムとして知られ、ライシ氏に敬意を表するする市民もいる。

しかし、1988年、8年にわたるイラン・イラク戦争後、イラクと通じていたとされる左派ムジャヒディン・ハルクのメンバー、5000人とも推計されルイラン人の処刑を、わずか2ヶ月の間に実施した裁判官4人のうちの一人であった。

このため、ライシ師は、国際社会からは、“テヘランのブッチャー”と言われている。トランプ前米大統領は、この大量処刑が、重篤な人権侵害にあたるとして、2019年、ライシ師個人を制裁対象の名簿にあげている。

イラン大統領選挙に見えるハメネイ・イスラム最高指導者の後継者選び

今回の選挙は、当初立候補者が、592人いたところ、5月17日に内務省から7人に絞るとの発表が出された。この時点で、穏健派とされる、ロウハニ現大統領とその勢力がすべて排斥され、保守強硬派のみとなっていた。

かつてイスラエルに対する過激な発言で注目されたアフマディネジャド前大統領も出馬していたが、この時点で排斥された。さらに、7人のうち3人が選挙から降りて、最終的な候補者は4人となった。この中で、可能性があるのは、結局ライシ氏に絞られた形であった。このため、市民の関心も低く、前回2017年の大統領選における投票率が73.3%であったところ、今回は過去最低の48.8%であった。

前回は強硬派のライシ氏と、穏健派のロウハニ氏と、双方が出馬していたため、市民の関心も高く、この時は、穏健派のロウハニ氏が、ライシ氏に勝利した形である。したがって、今回、ライシ氏が、民意を受けて大統領になったわけではないということである。

今回の選挙は、82歳になるハメネイ師が、後継者としてライシ氏を選んだというのが、実質であったとみられている。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。