イランとアメリカの攻防:アメリカに軍配か 2020.1.9

2020.1.8 ホワイトハウス・スクリーンショット

イランのスレイマニ総司令官がアメリカ軍に暗殺されてから6日目の昨日8日、イランが、反撃だとして、イラクの米軍駐屯地2箇所に向かって、弾道ミサイルを18発撃ち込んだ。イラン革命防衛隊は、アメリカ兵80人以上が死亡。200人が負傷したと伝えた。

しかし、アメリカはこれを否定。攻撃から12時間後もアメリカが反撃する様子はない。8日夜(日本時間9日深夜)、トランプ大統領は、ペンス副大統領、ポンペイオ国務長官を伴って記者会見を開き、改めて、イランの攻撃で、アメリカ軍に被害はなかったと発表した。

イランの攻撃で、アメリカ兵に犠牲が出なかったということになれば、これはイランが劣勢になったということを意味する。トランプ大統領は、イランの覇気は落ちたようだとの判断を述べ、これに追い打ちをかけるように、米軍を攻撃したことへの反撃だとして、イランへの新たな経済制裁を発動すると発表した。

また、ロシア、中国を含む世界諸国に対し、今こそイランとの新しい核合意を再検討する時であると訴えた。

www.ynetnews.com/article/ByhW11uXeL

まだ断言はできないが、トランプ大統領が、絶妙なタイミングで、アメリカ、イスラエル、また世界にとっての危険人物を排斥し、イランを弱体化させた可能性もある。

<イランとアメリカの対立:これまでの流れ>

新年早々の2日深夜すぎ(金)、アメリカのトランプ大統領が、まさかのイラン革命防衛隊スレイマニ総司令官をイラクのバグダッドで暗殺するいう超・大胆な予想外の攻撃に出た。当然ながら、イランは憤慨し、アメリカへの宣言を繰り返した。

トランプ大統領は、5日、「イランが反撃するなら、イランの重要な文化的サイトを含む52箇所を攻撃する。」と、イランの反撃に大きく釘をさした。数字の52とは、1979年にテヘランで、アメリカ大使館が1年以上にわたって占拠された際、捕虜になったアメリカ人の数である。

www.bbc.com/news/world-us-canada-50987753

また、アメリカ国防省は、クエートに駐留している第82空挺部隊に新たに750人を追加して、3500人に増強したと発表した。中東全体に駐留するアメリカ軍は、1万2000人になるとの見通しである。

www.nytimes.com/2020/01/03/opinion/iran-trump-suleimani.html

これに対し、イランは、5日、2015年の核合意で決められた核の濃縮に関する制限を撤廃すると宣言した。イランは今後、無制限に、核兵器の濃度にまで核の濃縮をすすめるということである。これは事実上、合意を破棄することを意味する。

www.jpost.com/Middle-East/Germany-We-cant-accept-Iran-suspending-commitments-on-nuclear-deal-613452

イランは、スレイマニ司令官の遺体を、バグダッドからテヘランへ遺体を移送して6日、首都テヘランで、葬儀を行った。この時に100万ともみられる大群衆が、テヘランの通りを埋め尽くし、「アメリカに死を!イスラエルに死を!」と叫んだ。

www.ynetnews.com/article/Sk8siiWxI

これほどの群衆が集まるのは、1979年にイラン革命を導いたホメイニ師の葬儀以来だという。あまりの大群衆で、将棋倒しが発生し、イラン人少なくとも56人が死亡。200人以上が負傷した。この後、スレイマニ司令官の遺体は故郷のケルマンで葬られた。

イランが、アメリカへの報復を誓っていることから、イラクのマフディ首相(親イラン派)は、米軍を含むすべての外国籍軍はすべて撤退するようにとの声明を出した。イラクには、アメリカに協力するイギリス軍なども駐留しているからである。

マフディ首相は、7日、アメリカが、すぐにも撤退するともとれる返信を送ってきたと発表した。

www.timesofisrael.com/iraqi-pm-says-he-received-signed-us-withdrawal-letter-monday/

しかし、トランプ大統領はただちにこれを否定。「今は撤退する時ではない。」と言い返した。こうして8日、イランがイラク国内でアメリカ軍が駐留するイラク軍基地2箇所に弾道ミサイルを打ち込んできたという流れであった。結果、イランの主張に反して、アメリカ軍兵士に被害は出ていないということである。

<トランプ大統領のねらい:今のイランの反撃能力には限界あり?>

イラン革命防衛隊、その最もエリートであるコッズ部隊のトップを暗殺された。これはイランにとっては大きすぎる屈辱である。しかし、それでも、イランが今アメリカと正面から戦って勝てる可能性はほぼない。

アメリカ主導の厳しい経済制裁で、2019年、イランのインフレ率は40%を超え、失業率は15%となった。イラン経済は、昨年1年で1億ドル縮小したという。アメリカと戦う状況にも、核兵器を一気に製造する体力もなさそうである。

また、イラン革命防衛隊は、シリアをはじめ、レバノンのヒズボラやハマスも含む外国のテロ組織を支援し、イラン国内は財政破綻したわけである。にもかかわらず、イラン革命防衛隊は、軍事だけにとどまらず、政権直属のエリートとして、社会の様々な分野に関与し、あらゆるところで汚職の根源になっていた。

こうしたことから先月、激しい反イラン政権デモが全国100の都市で発生した。政権側は、武力でこれを厳しく取り押さえ、デモに参加した市民1500人が死亡したとも伝えられている。この一連のことは、わずかひと月前のことである。

テヘランでのスレイマニ総司令官の葬儀で通りに出たのは、100万人を超える大群衆ではあったが、総人口約8000万人から考えるとわずかと言えなくもない。イランは内政においても危機的状況にある。

現実問題として、今のイランは、アメリカと戦う余裕はないといえる。実際、イランは、「アメリカとの戦争は望まない。」との声明を出している。

しかし、BBCの調査によると、それでもスレイマニ司令官は、イランでは、超大物であったことから、たとえ悪者であったとしても、国としての大きな屈辱として捉えられて、反政府感情に一定のブレーキになる可能性もある。

<なぜアメリカはスレイマニ参謀総長を暗殺したのか:長年の指名手配の結果>

トランプ大統領は、今この時にスレイマニ司令官を排斥したのは、彼がとてつもない大きなテロを計画していた兆しがあったからだと説明した。

スレイマニ司令官は、1998年からイラン革命防衛隊クッズ隊隊長に就任。以来、影の将軍として、シリア、イランにおける様々な軍事作戦を指揮した。

元CIA(アメリカ中央情報局)長官のデービッド・ペトラウス氏によると、スレイマン総司令官は、中東各地のテロ組織に武器や支援金を与えて、過去約20年、イランが中東で覇者になるためのあらゆる作戦、執行の立役者であったという。これらのテロ組織との対峙で死亡したアメリカ兵は600人に上る。

ペトラウス氏は、「スレイマニ司令官の暗殺により、アメリカの反撃が強力で確実であると示した。これは今後の反撃への確かな予防策になる。これはオサマ・ビン・ラディンや、ISISのアブ・バクル・アル・バグダディの暗殺以上に重要であったと語る。

www.jpost.com/Middle-East/Petraeus-US-Soleimani-strike-more-important-than-Bin-Laden-killing-613191

トランプ大統領は、スレイマニ司令官は、もっと早くに排斥するべきであったと述べている。

今後の懸念としては、スレイマニ司令官が支援してきた中東各地のテロ組織が、アメリカ関連施設や、もしかしたらアメリカ国内でのテロに出てくる可能性がある。

しかし、総元締めのスレイマニ司令官自身がもういないことから、今後の支援がどうなるかも不明であること、また、アメリカは必ず反撃してくること、イラン自身がアメリカとの戦争を望んでいないと言っていることなどから、いずれの組織もあまり大きな行動には出ないのではないかと考えられる。

トランプ大統領が言うように、スレイマニ司令官の死は、確かに中東から世界の覇者を狙うイランの鼻をくじき、危険なテロ組織の行動にブレーキをかけた可能性がある。

<イスラエルとの関連:ヒズボラとハマスは?>

レバノン南部のヒズボラは、イランの傀儡である。イランがイラクのアメリカ軍へのミサイル攻撃を行った際、ナスララ党首は、「もしアメリカが反撃してきたら、イスラエルを攻撃する。」と脅迫した。しかし、アメリカが反撃していないので、ヒズボラも動きようがない。

ハマスは、イランから武器の支援を受けているので、その指導者ハニエは、テヘランでのスレイマニ総司令官の葬儀に参列。スレイマニ司令官から受けたこれまでからの支援に感謝を述べ、これからもイスラエルとの戦いは続けていくと述べた。

また、スンニ派イスラムの湾岸諸国は、スレイマニ司令官の指図で暗殺の危機にあったという。

イスラエルも、アメリカと同様、スレイマニ司令官が、イスラエルへのあらゆる攻撃の背後にいることを知っていたので、2006年の第二次レバノン戦争中と、昨年、暗殺を試みたが、失敗に終わっていた。

ネタニヤフ首相は、アメリカによる暗殺を歓迎し、「イスラエルはアメリカと100%同じとことに立つ。」と宣言した。スレイマニ司令官暗殺は、右派ネタニヤフ首相には、総選挙に向けて追い風になったともみられている。

イスラエルは、イランやヒズボラが、北から攻撃してくることはないとみたのか、一旦閉鎖されていたヘルモン山の観光地は、5日から、一般市民に解放されていた。

www.timesofisrael.com/by-killing-soleimani-the-us-takes-a-dramatic-step-with-unknown-consequences/

<ほくそ笑む?ロシア>

今回、ロシアの実質的な介入はみられなかった。ロシアは、シリアで、アメリカが撤退した後地へ軍をすすませて、支配力を強化している。そうした中、同様に、シリアで勢力を伸ばそうとするイランが弱くなることは、ロシアにとっても好都合である。

www.reuters.com/article/us-turkey-russia-pipeline/turkey-russia-launch-turkstream-pipeline-carrying-gas-to-europe-idUSKBN1Z71WP

同様にトルコも今回、ほぼ沈黙だった。この混乱のさなかの8日、ロシアは、トルコを経由してヨーロッパに天然ガスを送るパイプラインの開通式行っていた。

また、トルコは最近、リビアへ進出したが、9日、エルドアン大統領とプーチン大統領が、リビアの内戦を来週にも集結させる方向で動き始めている。世界がイランで忙しくしている背景で、ロシアとトルコは、友好を深め、リビアへの共同進出をすすめていたということである。

<イランで増加中?福音派クリスチャン>

今懸念されることは、イランにいるクリスチャンたちの存在である。イランでは、苦しい生活状況もあり、クリスチャンになる人が増えているという。

シリアなど、中東の危険地域で医療活動を展開して宣教している福音派クリスチャン団体FAIが公開した、イスラム教国の中にいる福音派クリスチャンに関するドキュメンタリーシリーズ「狼の中の羊」によると、イランではここ数年、激しい迫害の中で地下教会(福音派)が拡大しているという。そのスピードは世界最大だと同団体は報告している。

www.christianpost.com/news/sheep-among-wolves-documentary-looks-at-growth-of-christianity-in-iran-led-by-women.html

アメリカとの戦いで苦しいところに立たされているイラン政権、またそれに従う者たちが、イスラエルやユダヤ教、アメリカにも関係する”敵国のもの”聖書を重んじるクリスチャンたちへの迫害をさらに強める可能性がある。彼らが守られて、逆に国の祝福になっていくように。

イランはかつてのペルシャである。そのクロス王は、紀元前6世紀にユダヤ人のイスラエルへの帰還を実現した。苦境に立つイランで、さらにリバイバルが広がり、他国の死を叫んで呪う国から、祝福する国へと変わっていくようにと願う。

<石のひとりごと>

アメリカの経済制裁の影響は予想以上に甚大だった。2015年にオバマ大統領が、イランとの核合意を締結して経済制裁をやめた際、ネタニヤフ首相は、「今こそイランをたたくときなのに、なぜ経済制裁をやめるのか。」と一人で激しく反発していた。

今回の流れで分かることは、確かにアメリカの動き一つで、イランをここまで抑え込むことができるはずとネタニヤフ首相は見ていたのだろう。

トランプ大統領は、先を考えず、その場その場で動いていると言われる。しかし、不思議に、イスラエルにとって有利な形になることを行っている。本人はその気はないと思われるので、やはりこれは、主によって動かされているのではないかと思わざるをえない。

しかし、ここからどうなるかは、イランの核兵器開発を含め、まだまだ不透明である。

今回のイランとアメリカの戦争は、なんとか避けられそうでもある。イランでは、リバイバルが続く。戦争になれば、多くの若者が徴兵され、死んでいくことになる。今もしかしたら主が、このリバイバルを守るために、聖書がいうように、救われる人の数が満ちるまで、時をのばされたかもしれないと思う。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。