イスラエル総選挙:ネタニヤフ首相敗北か 2019.9.19

イスラエルで行われた総選挙。アラブ系住民エリアなど数カ所で不正な撮影などが発生し、投票所が一時閉鎖されたところもあったが、全国で無事、投票が終わった。投票率は、4月より0.9%上がって69.4% 403万843人。

結果はまだ正式発表ではないが、ほぼ数え終わったところでの結果は以下の通り。 下線:右派系

リクード(ネタニヤフ首相):32議席

ブルーアンドホワイト(ガンツ党首):33議席

アラブ統一党(オデー党首):12議席

シャス(ユダヤ教政党):9議席

イスラエル我が家(リーバーマン党首):8議席

統一トーラー党:8議席

ヤミーナ(右派党):7議席

労働党:6議席

民主連合:5 議席

<ネタニヤフ首相の敗北>

極右政党のオズマ・ヤフディが、議席獲得のための最低得票率3.25%を超えるのではないかと注目されていたが、結局超えることはできず、議席は確保できなかった。

これにより、ネタニヤフ首相が、今のままで、右派系、ユダヤ教政党と組んだとしても、合計議席は56議席で、過半数には届かない形となった。今回の選挙は、事実上、ネタニヤフ首相の信任を問う選挙でもあったことから、大きく議席を伸ばせないどころか、減少となったネタニヤフ首相の敗北と分析目立つ。

4月の総選挙の時と同様、もし、右派系のリーバーマン氏が、ネタニヤフ首相と協力関係を維持していれば、ネタニヤフ首相は文句なしに右派政権を樹立することができたはずである。しかし、リーバーマン氏はネタニヤフ首相主導の政権には加わらないと明言。キングメーカー(誰が王になるかのカギになる人物)は今回もリーバーマン氏であったということである。

www.jpost.com/Israel-Elections/Israel-elections-results-based-on-counted-ballots-12-am-602045

一方、最大議席を獲得したブルーアンドホワイト(ガンツ党首)は、世俗派に支えられている中道左派であることから、ユダヤ教政党と組むことはありえず、イスラエルの存続そのものに反発しているアラブ統一政党とも組むこともほぼないとみられる。(が、可能性は否定できない。その場合、合計はこちらも56議席)。したがって、こちらも、今のままなら、過半数を超える政権の樹立は不可能である。

といういうことはどうなるのか。もう一回総選挙をするわけにはいかないので、選択肢としては、右派リクードと、中道左派ブルーアンドホワイト、双方が加わる国家統一政権を立ち上げるしかないとみられている。

<統一連立政権樹立に向けて>

総選挙の結果を受けて、各党は、どことどのように組むかを考えて、交渉を開始した。どんな統一政権になるかは、いくつかの可能性がある。

1)リクード(32)+ブルーアンドホワイト(33)=65で過半数

この場合、ネタニヤフ首相とガンツ氏が、交代で首相を務めることになるが、どちらが先かで揉めることになる。

しかし、その前に、問題になるのが、ネタニヤフ首相の身の振り方である。ブルーアンドホワイトのガンツ氏は、リクードとは組んでも、ネタニヤフ首相との統一政府は否定している。総選挙から2週間後(10月2-3日)ネタニヤフ首相が、司法長官に起訴されることになっているからである。

リクードはネタニヤフ首相を党首として維持するのか、だれかと交代させるのか・・・しかし、これまで、長期にわたり、リクードを支配してきたネタニヤフ首相を引き継げる人物は見当たらないとも言われており、先行きはまったく見えない状況である。

2)リクード(32)+ブルーアンドホワイト(33)+イスラエル我が家(8)=73議席で余裕の過半数 

リクードとブルーアンドホワイトだけでも十分過半数だが、通常、連立政権の場合、より多くの政党が加わることが望ましいとされる。キングメーカーのリーバーマン氏は、2大政党に自らが加わるという、この形をめざしていた。これにより、安定してユダヤ教政党抜きで政権運営ができるからである。

しかし、この場合でも問題になるのは、ネタニヤフ首相。キングメーカーのリーバーマン氏も、統一政府になる場合、リクードは、党首を変える必要があると言っている。

また、これは1)の場合でも同じだが、リクードは代々ユダヤ教政党とともに歩んできているので、彼らを排斥した形での政治運営はリクードには難しいだろうとの意見もある。

3)ヤミーナ(右派党)から新右派党(ナフタリ・ベネット氏)が分裂してブルーアンドホワイト(33)勢の連立に加わる可能性

新右派党は、他の右派党より穏健、中道をアピールしている。そのため、ブルーアンドホワイトについて、こちら主導の政権を支持する可能性がある。・・・が、たんにベネット氏が、なんとしても政権に加わるという目標のもとに動いているだけのような感じも否定できない。

4)ユダヤ教政党がリーバーマン氏となんらかの合意に至り、ブルーアンドホワイトに加わる可能性

ユダヤ教政党もなんとかして政権に加わらなければ、自らの要求がまったく通らなくなり、イスラエルのユダヤ性が失われていくとも考えている。そのため、超正統派の従軍問題で、正面から対立するリーバーマン氏となんらかの合意に至り、ブルーアンドホワイトの側につく可能性も否定できない。

<ひるまないネタニヤフ首相>

ネタニヤフ首相は、総選挙で敗北したとの分析でも、まったくひるむ様子はない。

アラブ政党が躍進したことを受けて、「アラブ政党が躍進する政府にするわけにはいかない。」としてさらに強力な右派政権を樹立すると言っている。今回、アラブ統一政党が躍進したのは、ネタニヤフ首相自身のこうした反アラブ的な発言が、原因とみられているのだが・・・

ネタニヤフ首相が政権を維持する形で可能性があるとすれば、右派勢56議席に労働党(6)が加わることである。これで62議席になる。実際、リクードは、選挙の後、労働党にその要請を出したとのことだが、労働党はこれを拒否したもようである。

www.timesofisrael.com/where-do-we-go-from-here-all-the-options-for-a-ruling-coalition

その後、ネタニヤフ首相自身が、ガンツ党首に統一政権の可能性についての交渉のために面談を呼びかけたとのニュースが入っている。ネタニヤフ首相、なかなかひるむ様子はなさそうである。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5592389,00.html

<今後の動き>

中央委員会の正式な報告とともに、リブリン大統領が各党首と面談し、大統領の判断で、次期首相の可能性のある人物に連立政権立ち上げを任命する。この際、任命は必ずしも最大議席数を獲得した党の党首とは限らない。各党首との面談で、どの党首がだれと組む意思があるのかを見て、大統領が判断するということである。

その大統領の任命から、その党首は、各党との交渉を行い、国会過半数を占める連立政権を立ち上げを試みる。前回は、ネタニヤフ首相が指名されたが、連立立ち上げに失敗したために、再総選挙になった。

任命されてから、政権を立ち上げるまでの期限は28日。もしできなければ、14日の延長が可能となっている。遅くとも11月初頭には、次の首相が決まっていることになる。

<ネタニヤフ首相:国連総会欠席へ>

次期政権形成の明らかな見通しがなくなったネタニヤフ首相は、来週、ニューヨークで開かれる国連総会への出席を見送ることを明らかにした。ネタニヤフ首相が国連総会を欠席するのは初めてである。したがって、この時に計画されていたトランプ大統領との会談もキャンセルになる。

トランプ大統領は、明らかにネタニヤフ首相を支援する立場で、選挙後明らかにされると予告しているアメリカの中東和平案「世紀の取引」についても、ネタニヤフ首相が首相ならうまくいくと言っていた。

トランプ大統領は、選挙後もネタニヤフ首相と話していないが、我々のイスラエルとの関係は変わらないとの意思表示をしている。

トランプ大統領は、先に強硬派、特にイランに対して強硬的であったボルトン大統領補佐官を更迭し、その直後にイランとの対話の可能性を表明し、世界を驚かせた。これはネタニヤフ首相にとっては大きな痛手であったと思われる。

ところがその直後に、サウジアラビアの石油施設が大規模な攻撃を受け、イランは、トランプ大統領との対話ありえないと一蹴したのであった。これを受けて、トランプ大統領は、イランへのさらに強硬な経済制裁を発動した上、「あらゆる対処が可能」と言っている。

イランとの強硬姿勢を主張してきたボルトン補佐官とネタニヤフ首相の2人が、不在になったところで、イランへの攻撃もありうる事態とは、なんとも皮肉な話である。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5591969,00.html

<石のひとりごと>

これからどうなるのかは、本当に予想もつかないが、今回、アラブ政党が躍進し、左派勢が政権を担うようになることに、若干、懸念も感じる。右派の方がよいというわけではないが、今のアラブ統一政党は、イスラエルにいながらその存続を否定する政党で、アラブ系市民自身も否定する党だからである。

今回躍進したのは、おそらく、ネタニヤフ首相が続けてきた反アラブ的な政策や発言に、反発したからであろう。

ヨーロッパでは、最近、極端な民族主義に走る極右に対し、極左というものが活発化しつつある。左派は弱者重視で、一見、”よい人”に見えるので、右派への攻撃が正当化されてしまう傾向にある。世界のユダヤ人の間では、昨今、極右より極左が警戒されている。

それにしても、イスラエルの政治は難しい。これまでになかった事態がしょっちゅう起こり、その事態が、人間がいくつも頭をよせて考えてもわからない事態、新しいチャレンジばかりなのである。それは時に深刻なパスルであり、大きな賭けともとれる事態であり、常に新しい考え方を要求されるようなものばかりである。

イスラエルは、それら一つ一つを記録し、次に活かそうとするのだが、それでも次に来るのは予想外である。だから、故ペレス大統領は、「解決策が2つ思い当たったら、今までにやったことのない3つ目を行け。」と言ったのだろう。常に先手を行かなければ生き残れないからである。

イスラエルという、国も直面する問題も超多様な国を運営できるのは、おそらくは、世界中で苦難を経験してきた人々、また最終的には、天地を支配する神に丸投げできるユダヤ人意外には無理だろうと実感する。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。