イスラエル国境で保護を求めるシリア難民の声 2018.7.19

先週、シリア南部ダラアをシリア政府軍が奪回したことで、30万人とも言われる難民が発生。そのうちの5-6万人が、イスラエルとの国境に近いクネイトラ方面へ逃れてきたことはお伝えした通りである。

懸念された通り、シリア南部ダラアを抑えたシリア軍とロシア軍は、イスラエルとの国境クネイトラ周辺の反政府勢力への攻撃を始め、1974年に策定された国連ひきはなし軍が監視する非武装地帯からシリア側数キロの地点にまでせまっている。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5311082,00.html

17日朝には、クネイトラを見下ろす戦略的要所であるアル・ハアラ高地を攻撃し、反政府勢力から4年ぶりに奪回している。この時の攻撃で、クネイトラの学校が被害を受け、子供達を含む少なくとも10人が死亡した。

これを見て、この地域に避難しているシリア難民たち100人ほどが恐れをなし、白旗をかかげて、イスラエルとの国境200メートルまで接近してきた。

イスラエル軍は、拡声器で、アラビア語にて、イスラエルは国境を開けられないことを説明。そこからイスラエルとの間には、地雷が多数埋められていることから、「無理に入ってくることはあなたがたのためにならない。」と伝えた。まもなくシリア難民たちは引き返していった。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5311566,00.html

<クネイトラのシリア難民の声:イスラエルに行けば安全>

クネイトラのアル・ブルカ・シリア難民とビデオ電話で、記者会見が行われた。代表はアブル・ハンマルさん。通常なら、安全のために、名前や顔は非公開なのだが、悲惨な状況をなんとか国際社会に知ってもらいたいと、顔を隠さない記者会見であった。

アブルさんによると、今、アル・ブルカにいるシリア難民は、イスラエル軍は1万~1万5000人と見ていたが、実際には3万人ぐらいいるようである。多くはシリア南部ダラアから逃げてきたか、ダマスカスから逃げて、クネイトラ周辺に来ていた人々である。

イスラエル国境に近いこの難民キャンプは、イスラエル軍とNGOクリスチャン団体が支援している。テントなどの必需品は、イスラエルが用意したものである。ダマスカスからクネイトラへ逃れてきた女性は、ここに来るまで、テントもなく、木の下で野宿であったという。助けてくれたのはイスラエルだったと語った。

アブルさんは、「ここ数年、人道支援をしてくれたのはイスラエルだけだった。イスラエルは良い国だ。イスラエルに入ることができれば、安全で助けてもらえるはずだ。」と叫ぶように言った。またイスラエルに、国際社会に私たちを助けてもらうよう、働きかけてほしいと叫んだ。

アブルさんによると、キャンプでは、テント一張りに10家族が寝起きしており、食料も医療も足りてないという。

しかし、「食べ物はいらない。とにかく安全な場所を用意してほしい。私たちは反政府勢力でもなんでもない普通の市民だ。人間だ。私たちは政治的な解決を望んでいる。」と悲痛な様子であった。

<これからどうなるゴラン高原?>

イスラエルの懸念は、シリアでの戦闘が1974年のラインを超えてイスラエルにまで影響が及んでくることであり、そのどさくさに紛れて、イランやヒズボラが、イスラエルに近づいてくることである。

18日深夜すぎ、ゴラン高原のイスラエル側の地域で警報が鳴り響き、人々がシェルターへ駆け込む騒ぎがあった。しかし、この警報は、同じゴラン高原のシリア側での激しい戦闘に反応したもので、イスラエル側には危険はなかったようである。

今後、戦闘が激しくなることが予想されるため、流れ弾などがイスラエル側に被害を及ぼすことのないように、また難民たちがなだれ込んでくることがないよう、イスラエル軍は目を光らせている。

難民はこの戦闘の間におり、逃げ場がないわけだが、イスラエルが難民を受け入れることはない。難民の中に非常に危険なテロリストが混りこんでくる可能性が高いため、ただ人道だけの視点で、受け入れることはできないのである。

また、近年、イスラエルは、アフリカ難民を不用意に受け入れ、テルアビブ南部が犯罪の巣窟になり、彼らの対処に相当な苦労をさせられた経験から、疑問の余地なく、シリア難民に門戸を開くことはない。

しかし、ホロコーストを経験したイスラエルが、難民を放っておけないはずで、知恵をしぼっていると思われる。

<石のひとりごと:戦場にいる人々とのテレビ会話>

この日の記者会見は、エルサレムで空調の効いた部屋にいる記者団と、いつ残虐に殺されてもおかしくない場所にいる人々をテレビ電話でつないだものだった。電波が切れていた間、記者たちは、コーヒーを飲むことも可能であった。

車でわずか数時間先に、いつ死ぬか顔がふきとぶかわからない人々がいるのに、私たちはエルサレムで安全そのものの快適な場所にいる。そこにいながらにして、この世の地獄にいる人々と普通に話ができている。

緊張しながら話を聞き、その場にいるような気にもなったが、話が終わると、急にいつもの平和な日常が目の前にあった。なんとも不思議な感覚だった。世の中は不公平なのだということを実感させられた。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。