イスラエルとトルコが国交正常化 2016.6.29

2010年のマビ・マルマラ事件*以来、政治的な断絶が続いていたトルコとイスラエルだが、27日、両者は6年たってようやく、正式に和解が成立したと発表した。これまで何度も合意成立近しと報じられては成立しなかった結果のはての合意である。

とはいえ、実社会におけるビジネスや観光面では、両者は変わらず関係を続けていたのであり、今回の和解は、政治的にも国交が正式に回復し、再び互いに大使を派遣し合うということを意味する。

とはいえ、90年代のトルコとイスラエルの友好関係にいきなり戻れるわけではない。今回の和解というのは、口もきかなかった状況から、今後は、公式な対話や協議を行えることになったというだけで、すべては、今、ここからがスタートポイントということである。

*マビ・マルマラ号事件とこじれたトルコとの関係

2010年5月、当時、イスラエルはガザ沖の海上封鎖を実施していた。海路、ガザへ武器になる類いの物資が運び込まれる可能性があったからである。陸路の封鎖とあわせて、世界は、イスラエルは、ガザの人々を監獄に閉じ込めていると非難していた。

マビ・マルマラ号は、こうした背景の中、ガザへの支援物資を乗せてトルコから出航し、海路ガザをめざした。ガザ付近で、イスラエル軍が制止を求めると、「アウシュビッツに帰れ」と暴言をはき、そのまま前進したため、イスラエル軍兵士が船に乗り込んで制止を試みた。

すると、待ち構えていた乗員らが、斧など凶暴な武器で兵士をリンチした。これに対し、兵士らは実弾で対応し、死者が出たということである。この時、イスラエル兵もひどく負傷している。

死亡したトルコ人10人は、IHH(トルコのNGO団体)の”人権活動家”だと主張しているが、船内でイスラエル兵をとりかこんで襲う様子は、平和的な活動家とは言いがたい様相だった。

しかし、犠牲者がだれであれ、自国民を10人も失ったトルコはただちに在イスラエル大使を召還。関係したイスラエル兵らを国際法廷へ訴えた。以来、両国の関係は途切れた。

当時、トルコは中東で唯一イスラエルと友好関係にある国で、これを失うと、イスラエルは、地域で完全に孤立することになる。そのため、イスラエルは早くから犠牲者家族への補償金を申し出て和解をめざした。

ただ、謝罪せず、犠牲者が出た事は意図しなかったことであり、遺憾とだけ伝えた。トルコは、あくまでも謝罪を要求。イスラエルに対する敵意をつのらせ、エルドアン大統領は国をあげて、公にハマスに接近。ハマスはトルコに事務所をかまえるようになった。

それでも互いの国益のためには和解した方がよいので、以後6年間、両者は、水面下で会談を続け、時々、合意寸前というニュースが流れては、頓挫するという事の繰り返しであった。

*国交回復までの背景

トルコのエルドアン大統領は、その後、急速にトルコのイスラム化をすすめるようになり、国内では世俗派の若者たちとの衝突が発生するようになった。

またトルコは、シリアのISIS攻撃に参加し、それに乗じて宿敵クルド人勢力まで攻撃し始めた。すると、アンカラや、イスタンブールで、クルド勢力、またはISISによるとみられる自爆テロが頻発し、多数の犠牲者も出るようになった。

一方、イスラエルでは2012年、ハイファ沖で、新たに大きな天然ガス油田が発見された。ガスの供給は、ギリシャやキプロス、ヨルダンなどとの関係回復に役立ちつつある。

トルコとの和解も、パイプラインでガスを供給することで交渉が開始されることになっており、和解への大きな布石になったみられる。

<国益か国損か?>

ネタニヤフ首相は、トルコとの和解は、イスラエルの国益になると主張する。

ポイントは、①ガザ沖の海上封鎖を確保できたこと、②トルコは、イスラエル兵に対する国際法廷への訴えを取り下げる、③トルコへの天然ガス供給に関する協議を始める(ビジネスが成功するかどうかは不明) また、④地域、国際社会での孤立から脱却できること、などを上げている。

ネタニヤフ首相は、ここしばらく、ギリシャ、キプロス、またエジプトとも熱心によい関係の確立につとめており、最近ではロシアに接近し、湾岸アラブ諸国にも歩み寄りの姿勢を示している。

同時にアメリカとの関係維持にもぬかりがない。トルコとの和解成立の発表は、ローマで、ケリー米国務長官が同席する中で行い、旧知の友、アメリカとの関係も健全だと強調した形だ。こうした外交政策の中で、トルコとの和解成立は、イスラエルにとっては、非常に好ましい事といえる。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4820922,00.html

ただし、この和解の実現のために、イスラエルがのんだ条件が問題だと論議になっている。主要閣僚のリーバーマン国防相、ベネット教育相、シャキッド法務相らの閣僚が、トルコとの和解に反対を表明している。

①犠牲者とはいえ、イスラエル兵を襲った者の家族に2100万ドル(約21億円)の補償金を支払うこと、

②トルコからガザへの支援物資をイスラエル領内アシュドドから搬入することを認める。トルコがガザに発電所や淡水化工場を建設することを認める。

③トルコは、ハマスがトルコ領内からイスラエルを攻撃したり、トルコで資金集めをしないようトルコは約束する。(つまり実質、トルコにあるハマス事務所を認めることになる)などを含んでいる。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4820547,00.html

また、2014年のガザとの戦争以来、ハマスに拉致されたままになっている2人のイスラエル兵の遺体と、昨年ガザに迷い込んだままになっているイスラエル人1人の返還が、今回、交渉条件に入っていない事で、家族らから不満の声があがっている。

家族たちは、首相官邸前でデモを行い、「ハマスに影響力があるトルコに遺体の返還を要求するチャンスの時なのだから、和解の書面に、この件も加えてから署名してほしい。」と訴えた。

政府は、「トルコのハマスへの影響力は、それほど大きくない。」と返答。ネタニヤフ首相は、ローマから帰国したその日のうちに家族らと面会し、その後、ちょうどイスラエルを訪問中のバン・キ・ムン国連総長に対し、兵士らの遺体返還を支援してくれるよう、要請した。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4821100,00.html

<国家治安委員会は署名の後!?>

イスラエルでは、トルコとの和解について明日水曜、閣僚からなる国家治安委員会が予定されている。しかし、この会議は、和解の署名の翌日に開かれることになっているのであり、実質、話し合いではなく報告のようなものである。

治安閣議でリーバーマン氏らが、いくら反対したとしても、和解の成立に変更が加えられる事はないとみられる。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/214193#.V3In5KUWnA8

<トルコは勝利宣言:トルコの大々的なガザ復興計画>

Yネットによると、トルコのエルドアン大統領は、この和解について、「イスラエルは、トルコの要求をすべて飲んだ。勝利だ。」との見解を述べている。

正式な和解署名が成立すると、この金曜にも、ガザへの物資搬入を開始する予定である。まずは1万トンの食料など人道支援物資を搬入する。続いて発電所、水関係施設、住宅、200床の病院の建設を開始する。

エルドアン大統領は、ハマスも、パレスチナ自治政府も合意していると言っている。また、イスラエルと和解したとはいえ、今後もパレスチナ人に対するイスラエルの”不正”については追求して行く意向を明らかにした。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4821253,00.html

ところで、ハマスはこうした動きについて、はっきりしたコメントは出していないが、イスラエルの海上封鎖が解除されないことで、不満を持っているようだとの記事がいくつか出ている。

<トルコがロシアに謝罪>

イスラエルとの和解成立が発表されてから数時間後、トルコのエルドアン大統領は、ロシアのプーチン大統領に、昨年11月、トルコとシリア国境で、トルコの戦闘機がロシア軍の戦闘機を撃墜し、ロシア人パイロットが死亡したことについて、謝罪を申し入れた。

トルコは、この件について、ロシア機がトルコ領内に侵入して来たため、警告したが出て行かなかったため撃墜したと主張した。

しかし、ロシアは、ロシア機はシリア領内にとどまっており、トルコからの警告はなかったと主張して、トルコが謝罪するまでは、ロシアからのトルコ観光を全面停止する措置をとっていた。

www.bbc.com/news/world-europe-36643435

BBCはトルコの観光地アンタリアから伝えたところによると、トルコの観光業は、テロが増えたことや、上記のようにロシア人観光客が来なくなった事で、45%もダウンしており、悲惨をきわめている。

季節的にも最近のホテルの客室稼働率は、通常なら75%だが、今年はわずか15%だという。

www.bbc.com/news/world-europe-36556431

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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