米:シリアへ軍事攻撃:イスラエルは? 2017.4.8

日本でも報じられている通り、4日、シリア・イドリブ地方で、サリンとみられる化学兵器が使われた事件を受け、7日深夜、アメリカが、シリア軍の空軍基地(今回の化学兵器使用に関与したとみられる)への軍事攻撃に踏み切った。

BBCなどによると、地中海に駐屯する巡洋艦から計59発のトマホーク巡航ミサイルが発射され、シリア空軍機などが大きくダメージを受けた。アメリカは基地に対し、事前に警告をだしていたが、シリアによると、兵士6人が死亡した。

トランプ大統領は、攻撃後の記者会見で、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したと断定。これは、人類、”神の子供達”に対する冒涜であるとし、国際社会にシリアにおける暴力やテロ撲滅に向けて協力を求めた。

今後どうなるのかだが、今回の攻撃が、化学兵器使用に対する限局したものとの見方もあったが、緊急で開かれた安保理において、アメリカのヘイリー代表は、「アメリカはさらなる(軍事)行動の用意がある」と発言。予断を許さない状況になっている。

www.bbc.com/news/world-middle-east-39529264

<緊張する米ロ関係>

今回、アメリカは、化学兵器を使用したのはシリア政府軍であると断定している。被害にあった地域が、反政府勢力の支配域であり、事件発生時、シリア政府軍がこの地域に空爆を行っていたからである。反政府勢力は、空軍を持っていない。

アメリカは、シリア政府軍が、化学兵器を搭載した爆弾を使用したと考えている。

しかし、アサド政権とロシアは、これを否定。反政府勢力が違法に保管していた化学兵器に、シリア政府軍の空爆がたまたまあたったことによる暴発だと主張している。

今回のアメリカの攻撃に関して、ロシアは、事前通告を受けていたと伝えられている。しかし、プーチン大統領は、アメリカの行為は、国際法違反で、独立国に対する犯罪だとして、厳しく非難した。

プーチン大統領は、今後の米ロ関係に深刻な影響を及ぼすことになる語り、現在、シリア上空で、米ロの戦闘機が衝突しないように取り計らう協定を破棄すると宣言した。

これはかなり危険なことで、万が一、両国の戦闘機がシリア上空で衝突するようなことがあれば、まさに米ロ対決、大戦争の様相になる可能性も出てくる。

なお、以前からの予定で、ティラーソン米国務長官が、来週火曜、モスクワのプーチン大統領を訪問予定となっている。

*ロシアとシリアの関係について

アメリカがアサド政権に今回の化学兵器使用の責任を追及するということは、そのままロシアへの責任追及になる。

2013年、シリアが化学兵器を使用した時、ロシアのプーチン大統領が、責任をもってアサド政権に化学兵器を処分させると約束したからである。

当時、アメリカのオバマ大統領は軍事行動を準備し、発動命令を待つばかりとなった。しかし、その直前になってロシアが登場し、シリアに化学兵器を全部、差し出すと約束させ、ロシアがその経緯を責任を持つと主張した。

そのため、オバマ大統領は、軍事攻撃を踏みとどまった。大戦争は避けられたが、この後、アメリカにかわって、ロシアがシリアに対して強大な影響力を及ぼすようになり、ロシア軍がシリア領内にも展開するようになった。

同時にロシアと関係の深いイランがシリア領内で影響力をもつようになり、ヒズボラも強大になった。ISISのような危険極まりないグループが登場し、シリア情勢はますます混迷化した。中東を不安定にしたのはオバマ大統領の失策だと言われるようになっていた。

なお、ロシアがなぜシリアのアサド政権を支援するかだが、ロシアは、地中海にアクセスを確保するため、シリアを手中に収めておくことが必要であること。また、先日、ロシアのセントペテルグルグの地下鉄で大きな自爆テロがあったように、ロシアはチェチェンなどに多数のテログループを抱えている。

それらをシリア領内に抑えておくというのが、ロシアのアサド政権支援の狙いだと考えられている。しかし、シリアを手中に収められるなら、アサド大統領でなくても、だれでもいいわけで、とりあえず、今はアサド氏をささえているだけで、それも永遠の関係ではない。

<急転換するアメリカ>

今回のアメリカのシリアへの攻撃については、その急転換が注目されている。トランプ大統領はアメリカ第一主義であり、オバマ大統領のシリア問題への介入も激しく批判していたからである。

また、アメリカのティラーソン国務長官は、先週、「アサド政権を打倒するかどうかはシリア市民が決めることだ。」と、アサド大統領排斥に固執しない、つまり、アサド政権存続も容認するかのような方向転換を匂わせていた。

ところが、化学兵器を使用したとたん、わずか3日後にトランプ大統領は方針を急転換し、アサド大統領は、新しいシリアに関与するべきでないと断言。議会の承認もすっとばして、すみやかに軍事攻撃に踏み切ったわけである。

今回の予想外に早い方向転換と、実際の軍事攻撃は、ロシア、シリアのみならず、国際社会の問題児であるイランや、最近、ミサイルの実験を繰り返している北朝鮮に対し、実行力ある強いアメリカをアピールした形となった。

トランプ大統領がそこまで計算していたかどうかは不明だが、皮肉にもトランプ氏自身が退くといっていた「世界の警察:アメリカ」が復活した形である。

しかし、専門家たちは、果たしてトランプ大統領が将来も計算して行動したのか、ただ単純に感情で動いているのかわからないとして、相変わらずトランプ大統領は、”予想外”を続けているようである。

<中東への影響>

今回の攻撃を真っ先に歓迎したのが、サウジアラビアだった。サウジアラビアは、アメリカの協力がほとんどないまま、イエメン、シリアで、イランなどシーア派勢と戦っていた。そこへアメリカが、大きな楔をうちこんだ形である。

国際社会では、イスラエル、イギリス、フランス、ドイツなどのヨーロッパ諸国、カナダ、オーストラリア、日本がアメリカの行動を支持する立場を表明。現在トランプ大統領を訪問中の中国は、アメリカを支持するとは言わないが、化学兵器の使用は、許容できないと言っている。

一方、ロシアとともに、アメリカの軍事行動に反発すると表明しているのは、シリアとイラン、(ヒズボラ)である。

www.bbc.com/news/world-us-canada-39526089

まとめると、現在の中東の力関係はだいたい以下の通り。しかし、いうまでもなく、いつでも変化するあやういチーム分けである。

①ロシア:シリア、イラン、(ヒズボラ)、北アフリカ諸国・・・シーア派勢
②アメリカ:イスラエル、トルコ、エジプト、ヨルダン、湾岸アラブ諸国・・・スンニ派勢 *ISISはスンニ派であることが複雑

なお、中東各地には多数のアメリカ人がいる。イラクやイランなどにいるアメリカ人や欧米人たちの安全が懸念されている。

<イスラエルへの影響>

イスラエルでは、シリアで化学兵器が使用されたとみられる映像に衝撃があった。まるでホロコーストの写真であったからである。

イスラエルは原則として、シリア問題には不干渉の立場を取っているが、今回は、モラルの問題として、イスラエルはシリア人を助けるべきだとの意見もある。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4945533,00.html

お伝えしているように、イスラエルは、ゴラン高原でシリアと国境を接しており、わずか50キロ先で、地獄の沙汰となっている。イスラエルは、隣人としてのモラルからも、これまで極秘にシリア市民の負傷者(反政府勢力関係者含む)を治療してきた。

また、最近では、難民のシリア人孤児をイスラエルへ引き取る案も検討されていたところである。*これについては、当分保留となったもようである。

一方で、イスラエルは、武器がシリアからレバノンのヒズボラに引き渡されるのを阻止するため、先月にもシリア領内での空爆を行っている。これらのことから、シリアからすれば、イスラエルは反政府勢力を支援する立場にあるとの認識になっている。

シリアのモアレム外相は、今回のアメリカの攻撃は、反政府勢力を助けることになり、つまり、益を受けるのは最終的にはイスラエルだと語った。http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4946184,00.html

ヒズボラも同様の見解を明らかにしている。http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4946686,00.html

いずれにしても、中東で、何かがあると、何かとイスラエルが引き合いに出され、巻き込まれる危険性がでてくるものである。今後、国際社会の注目をそらすなどの目的で、イランやヒズボラが、何らかの形で、イスラエルを巻き込むような攻撃をしてくるかもしれない。

また、イスラエルは、イランがヒズボラに武器を引き渡す情報が入った場合、シリア領内で、輸送隊を空爆するが、それについては、ロシアの暗黙の了解をもらうことで、今の所、合意ができていると伝えられている。

しかし、シリア上空での米ロ戦闘機に強調関係がない中、イスラエルの戦闘機までが入っていくことに対して、ロシアが続けて暗黙してくれるのかどうか・・・先行きが見えない状況となっている。

<化学兵器の悲惨について:BBC現地報告より>

シリアのイドゥリブ地方で、サリンとみられる化学兵器が使用されたことは、日本でも報じられた。しかし、その本当の悲惨は、十分、伝わっていないかもしれない。

犠牲者は、86人に登ると報じられているが、実際の悲惨は数だけではない。一例だが、BBC現地からの報道によると、アルヨーセフさんは、9ヶ月の双子と妻を含む家族親族22人を失った。

4日、空爆があった時、アルヨセフさんは急いで双子と妻を避難させた。その時、家族親族の家が爆撃されたとの知らせが入り、アルヨセフさんは、救出に向かった。

現場では、両親、兄弟とその子供たちなど家族20人が全員、遺体となって死んでいた。化学兵器とみられる症状を呈していたという。4時間後、妻と子供達のところに戻ると、3人も死亡していた。   

アルヨセフさんは、「子供たちは大丈夫だと信じて、他の家族を助けに行っていた。子供たちは無事だと思っていたのに・・」と、泣き崩れていた。あまりの悲惨に、インタビューしていた記者もマイクをおいて、アルヨセフさんの頭を抱えていた。

www.bbc.com/news/world-middle-east-39519634

その後のニュースによると、アルヨセフさんは、数少ない生き残った親族に守られながら、廃人のようになっている様子が報じられていた。その親族の男性は、アラブ諸国に対し、「あなたがたは、私たちを見捨てた。」と静かに訴えていた。

シリアでは、市民たちの救出組織ホワイトヘルメッツが活躍していることが伝えられているが、今回は化学兵器であったため、救出しようとした隊員たちが次々に倒れたという。

シリア人たちは、国際社会に対し、「ガスマスクを」「次は私たち」などとプラカードを掲げて、アサド政権打倒への国際社会への強い介入を訴えている。

しかし、当然ながら、同じシリア人であっても、アサド政権側について、一応の平穏を維持できているダマスカス住民などからは、アメリカの攻撃に反発する声が出ている。これもまた悲惨な様相である・・・。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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