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元々犬猿の仲である、インドとパキスタン。
しかもどちらもが核保有国という現状の中、両国の武力衝突がエスカレートする状況になっている。日本含め、世界中が緊張している。
世界を震撼させているイランとパキスタンの対立
1)何があったのか
今年4月22日、インドが支配するカシミール地方のリゾート地パハルガムで、観光客に対する銃撃テロがはあ性。民間人26人が死亡した。
インドの警察はパキスタン人のテロ組織(後に、ラシュカル・エ・タイベという組織と発表)と断定し、パキスタン国家の責任だと主張した。パキスタン政府は、このテロ事件との関わりは否定した。
しかし、この事件以後、両国は互いに外交官を追放、国境閉鎖など、関係の悪化が急速に進んだ。
それから2週間後、5月6日(火)夜から7日にかけて、インドは、「シンドール作戦」発動。パキスタン領内と、カシミール地方のパキスタンが管理する地域、9カ所(地図では5か所)を空爆した。この攻撃で、少なくとも31人が死亡。57人が負傷した。
この際、パキスタンはインドの戦闘機5機とドローン1機を撃墜したと主張しているが、インドはノーコメントである。またパキスタンとインドの国境でも衝突が発生し、インド側で民間人15人が死亡。43人が負傷した。
インドは、攻撃した地点は、テロ組織拠点だと主張した。しかし、パキスタン政府は、2週間前のテロ行為と国家との関係を否定している。インドのパキスタン国家への非難はまちがっているとして、この攻撃は、凶悪な「侵略行為だ」と反論した。
また、国境での衝突でインド側に死傷者が出たことについて、パキスタンのシャリフ首相は、国としての防衛行為であり、インドへの明確な返事だと述べた。
www.bbc.com/news/articles/cj6868pdpw4o
2)なぜ国際社会は震え上がっているのか
今、この問題で、国政社会がふるえあがっているのは、両者が心底憎み合っている中、双方ともに核兵器を持っていると言う点である。インドは核弾頭172発、パキスタンは170発である。
インドは、1998年に「先制不使用」(核兵器は報復としてのみ使用する)の原則を決めているが、パキスタンにこの原則はない。
軍事力全体で言うと、インドの陸軍123万7000人に対し、パキスタンは56万人。空軍は、インドが14万9000人に対し、パキスタンは7万人と、圧倒的にインドの方が優位である。このため、パキスタンが、勝つために、核を使う可能性が懸念されている。
もしパキスタンがインドに核兵器を使えば、インドは確実に、核でやり返すだろう。2019年の研究によると、もし両国が核戦争に突入したら、死者は1億人になると予測されている。核汚染も地球規模になるだろう。
国際社会は、両国に自制を求めているが、順番からして、今は特に、パキスタンがどう出るかを見守っている。
しかし、パキスタンは、「インドの挑発的軍事行動には、断固とした対応をとる。国際社会は、この危機の責任がインドにあると認識すべきだ」と語っており、どうでるか危険な様相にある。
Newsweekによると、本来、パキスタンはアメリカと関係が強いので、アメリカが抑止できる可能性があるが、その関係が、今は、弱くなっているとのこと。
www.newsweekjapan.jp/stories/world/2025/05/549455_5.php
なお、パキスタンは、「核兵器の父」と呼ばれた、アブドゥル・カディール・カーン博士の出身国である。カーン博士は、北朝鮮や、リビア、イランに核技術を密売したことでも知られている。
3)カシミール地方をめぐるインドとパキスタンの争いの経過
インドとパキスタンは、1947年8月にイギリスの統治が終わった時に独立を果たした。この時、両国の間に位置するカシミール地方は、パキスタンとインドの間で取り合いになった。
このころ、カシミール地方の指導者は、パキスタンからの攻撃から、基本的にインド側に着く方針にしたが、インドについても、軍事的存在は最低限にするよう、要求するなど微妙な状態であった。
その後、カシミール地方をめぐっては、インドとパキスタン野間で、大きな戦争は3回発生し、領土を分け合う形になった。この間、中国もやってきて、カシミール地方東部に一部中国領がある。
しかし、基本的には、インドは、カシミール地方は、全部インドのものであると主張し続けており、インドとパキスタンの間では、3回の戦争以外にもテロの応酬が発生してきた。死者は数千人と言われている。
しかし、今年4月22日に、カシミール地方パハルガムで発生した規模のテロは20年ぶりだと言われており、急速にエスカレートする可能性が懸念されている。
また、インドの人口の大部分がヒンズー教であるのに対し、パキスタンはイスラム教なので、宗教戦争の要素も絡んでいる。
www.bbc.com/news/articles/c30q09638n8o
www.bbc.com/news/world-south-asia-16069078
4)インドとパキスタンは核兵器開発競争
インドは、1947年の独立以来、原子力発電の開発を進めていた。開発支援は、アメリカ、カナダである。
インドは周囲から攻め込まれる危機にはないが、1964年に中国が核実験をすると、インドも開発に乗り出し、1974年にインドも核実験を実施し、核保有国になったことを世界に知らしめた。中国のインドへの脅威への対処でもあったと言われている。
一方、パキスタンは、1971年、3度目のインドとの戦争の後、国が分裂し、東部はバングラデシュとなった。この翌年の1972年から、パキスタンの核開発が始まった。これを助けたのは、パキスタン人のアブドゥル・カディール・カーン博士であった。
カーン博士は、オランダのウラン濃縮機器を製造する会社に勤めた後、帰国して、パキスタンでの核開発を担った人物で、パキスタンでは、「核開発の父」と呼ばれている。
この時代、アメリカ(カーター大統領)は、パキスタンの核開発を警戒し、パキスタンへの経済・軍事支援を停止した。しかし、その後、1979年に旧ソ連がアフガニスタンへ侵攻することになる。
すると、1981年のアメリカ(レーガン大統領)は、パキスタンを対ソ連進出の拠点にしようとして、パキスタンを支援するようになり、核兵器開発を結果的には認めることになった。
パキスタンは、インドが核実験を行なってから約10年後の1985年、核実験を実施。核保有国になったことを、インドと世界に知らしめた。パキスタンの核保有の大きな理由は、軍事力で優勢なインドの警告することだったと見られている。
www.nids.mod.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j5-1_3.pdf
www.newsweekjapan.jp/stories/world/2025/05/549455_1.php
カシミール地方・国境住民避難・インドでは空港閉鎖
インドとパキスタンが軍事的な対立になり、国境ではすでに市民15人が死亡したことから、国境周辺住民は避難して難民となっている。
またインドでは、20以上の空港が閉鎖され、すでに400以上のフライトがキャンセルとなっている。パキスタンでも4つの空港が閉鎖となっている。