西岸地区で続いた暴力の波:イスラエル兵2人死亡 2018.12.17

ヨセフ・コーヘン伍長(19)左 ヨベル・モル・ヨセフ軍曹(20)写真:Haaretz
先週1週間は、毎日のように、西岸地区で暴力と乱闘の波が続いた。9日の最初のテロから1週間たった16日、一応の落ち着きは取り戻したようではあるが、背後にハマスとイランがからんでいるとみられ、今後の動きが懸念される。

一方、イスラエル国内では、国防相も兼任しているネタニヤフ首相の西岸地区での防衛対策と、テロへの報復措置は、十分でないとする抗議の声が、閣僚からもあがっている。

<西岸地区で毎日のようにテロ事件と乱闘>


9日(日)、西岸地区の入植地オフラのバス停で、パレスチナ人による走行車からの銃撃テロがあり、妊婦(21)を含む7人が負傷、胎児が死亡したテロ事件。イスラエル軍は12日(水)夜、この事件に関わったサレ・バルグーティ(29)をナブルスで射殺した。

その数時間後、10月にバルカン産業パークでイスラエル人2人を殺したアシュラフ・ナアルワ(23)を追い詰め、逮捕を試みたが、武装していたため射殺した。

ちょうどその頃、12日(水)深夜早朝、エルサレム旧市街ハガイ通りでは、パレスチナ人が、超正統派男性をナイフで襲撃し、失敗。付近にいた国境警備隊員たちに向かっていき、男性隊員1人が、かろうじて目を外して顔を刺され、女性隊員1人が足を刺された。テロリスト(26)は、警備隊がその場で射殺した。

https://www.timesofisrael.com/two-police-officers-said-wounded-in-suspected-old-city-stabbing-attack/
テロ現場のバス停 写真:Haaretz
13日(木)11:15、9日のテロ事件のあったオフラから5キロで、入植地ギブアット・アサフ近くの国道60号線上のバス停で、再び走行車からの銃撃があり、イスラエル兵のヨセフ・コーヘン伍長(19)、ヨベル・モルヨセフ軍曹(20)の2人がその場で死亡。もう一人の兵士と女性が重傷となった。

テロリストの車はそのまま走り去ってまだ捕まっていない。イスラエル軍はただちに周辺地域(ラマラを含む)を閉鎖し、大規模な犯人捜査に入った。ラマラは特に出入り口に検問所を設けたことから、事実上、包囲した形になった。

*ラマラはパレスチナ自治政府機関があるいわばパレスチナ自治政府最大の町

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5425209,00.html

14日(金)朝、ラマラの裏出入り口付近の入植地ベイト・エルで、イスラエル兵1人(21)が、パレスチナ人にナイフで刺された後、石で頭を殴られて重傷となった。兵士は病院に搬送されたが、危篤状態。テロリストはまだ逃走中。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5425209,00.html

イスラエル軍は、西岸地区道路20か所にコンクリのブロックを置いて、テロ攻撃を防止するとともに、西岸地区広域で、ハマス・メンバーを逮捕する大規模な踏み込み捜査を継続している。エルサレムポストによると、金曜午前中までに、ラマラ、アザリヤ、ヘブロンなどで40人を逮捕。うち37人はハマスメンバーだという。

こうした中、ラマラ北部ヤラゾン難民キャンプでは14日(金)、パレスチナ人数百人とイスラエル軍の武力衝突が発生。パレスチナメディアによると、パレスチナ人1人(17)が死亡。60人が負傷した。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Hundreds-clash-with-Israel-forces-north-of-Ramallah-574357

<ハマス第31回創立記念日”怒りの日”:ハマス支持者とパレスチナ自治警察も衝突>


西岸地区で混乱が続いていた14日(金)は、ハマスの第31回目の創立記念日だった。ハマスの拠点ガザでは、国境付近複数箇所で1万人が集まり、イスラエル軍と衝突。30人以上が負傷した。 *ガザでの正式な式典は16日(日)に執り行われた。

https://www.i24news.tv/en/news/international/middle-east/190953-181214-46-palestinians-injured-in-gaza-border-clashes-as-hamas-calls-for-day-of-rage
ハマス指導者イシュマエル・ハニエ 写真:Times of Israel
西岸地区でも、ヘブロンなど各地で、ハマス支持者らが、シンボルカラー緑の布をまとうなどして、ハマスへの支持を叫んだ。

ハマス活動家らは、最初は、イスラエルの”占領”に対して立ち上がるよう呼びかけていたが、鎮圧に来たパレスチナ自治警察に暴力を振るい始めたため、自治警察も警棒で殴りかえすなどして、パレスチナ人同士の大乱闘となった。

*ややこしいパレスチナ自治政府

アッバス議長
テロの波が始まったころ、ハマスは、西岸地区のパレスチナ市民たちに、イスラエルに対し武力で立ち上がるよう呼びかけた。これに対し、パレスチナ自治政府報道官は、武力で立ち上がるのではなく、平和的なデモで立ち上がるよう、よびかけた。

このためか、西岸地区での暴動は、ハマスが願ったほどには拡散しなかったとみられている。

https://www.timesofisrael.com/fatah-tells-palestinians-to-reject-calls-for-new-armed-uprising-in-west-bank/

アッバス議長は、暴力ではなく、平和的なデモでの対抗をよびかけており、イスラエルの治安部隊とは日々協力している。今回もハマス逮捕には、パレスチナ自治警察も協力していたという。

しかし、一方で、アッバス議長は、イスラエル人に対するテロを行った者とその家族への手当、報酬は与え続けているので、テロはいっこうになくならないわけである。

要するに、アッバス議長が、治安面においてイスラエルと協力するのは、ライバル組織ハマスを抑えるためであろう。また、アッバス議長は現在、83歳で、いつ倒れてもおかしくない。

ファタハ党内では、次にだれが議長になるのか、様々な人物がしのぎを削っている。アッバス議長には、はなはだしい汚職(息子たちは億万長者)もあるので、恨み図っている。

イスラエルは、ポストアッバスが、どんな人物かが懸念されるので、これまでになんども暗殺からアッバス議長を守ったという。(知らない敵より知っている敵を維持したほうがよいため)

実際のところ、アッバス後に何者が出てくるのか。パレスチナ問題専門家によると、ハマス(イラン支援)が西岸地区を奪回してしまう可能性も理論上はありうるという。

<背後にイラン:ヨニ・ベン・メナヘム氏
(パレスチナ問題を30年以上取材するベテランジャーナリスト)>


オスロ合意以前にアラファト議長に会ったことがあるというジャーナリストのヨニ・ベン・メナヘム氏は、ガザが停戦になったために、イランが西岸地区で事態をエスカレートさせようとしていると分析する。

イランは、南からハマス、北からはヒズボラと両方の背後にいるが、今、西岸地区で攻撃をあおりはじめたということは、ガザでは停戦、北では、北の盾作戦が始まったことで、イランに使える手が西岸地区だけになったとも読み取れなくもない。

イランは今、アメリカの経済制裁を受けて、困難な状況にあるはずだが、だからこそ、中東ではアメリカを象徴するイスラエルを攻撃するというイデオロギーを活発化させているとメナヘム氏は解説する。

<パレスチナ人を襲う過激右派ユダヤ人ユースグループ>

西岸地区でユダヤ人犠牲者が出た場合、要注意なのが、ヒルトップ・ユースや、”プライス・タグ(値札)”と呼ばれる過激右派入植者ユダヤ人ユースグループのパレスチナ人への暴力である。

案の定、先週1週間のイスラエル人へのテロを受けて、ユダヤ人ユースが、西岸地区の複数の地点で、パレスチナ人の車に投石するテロを行った。

特に、イスラエル兵2人が殺害された60号線では、数十人の右派入植地ユースが暴動を起こしたと、人権保護団体とパレスチナメディアが伝えた。

また、西岸地区のイスラエル軍による”占領”に反対し、イスラエル兵の悪事を報告するユダヤ人左派グループ・ベツアレムは、顔は布で覆っているが(従ってユダヤ人と断定は不能?)、ユダヤ人とみられるユースが、パレスチナ人のトラックに投石し、フロントガラスが壊れる映像を、ネット上にアップした。

https://www.timesofisrael.com/settler-youth-riot-at-scene-of-west-bank-terror-shooting/

さらに別の左派ユダヤ人グループ、イエシュ・ディンは、入植者が、パレスチナ人地域エイン・ヤブロウドで実弾を使って襲撃したと伝えている。(未確認)

Times of Israel, エルサレムポストなどによると、イスラエル警察は、パレスチナ人に60号船を通過させないよう要求して、道路を封鎖したた過激右派ユダヤ人20人以上を逮捕した。

https://www.timesofisrael.com/liveblog_entry/over-20-israelis-arrested-for-blocking-roads-to-palestinian-traffic-in-west-bank/

これら過激右派ユダヤ人のユースグループは、宗教的にもパレスチナ人への暴力を正当化しているので、非常に残酷で、罪意識もないので、パレスチナ人たちからは、非常に恐れられている存在である。

<怒る入植地住民:ネタニヤフ首相官邸前で抗議デモ>

ネタニヤフ首相官邸前 写真:Times of Israel
こうした危険な状況が続く中、13日(木)エルサレムのネタニヤフ首相官邸前では、西岸地区入植者ら約1000人が集まり、政府に対し、入植地への防衛を強化するとともに、武力的強硬な策を要求するラリーを行った。

参加者たちは、アッバス議長の写真を燃やすなどしながら、ネタニヤフ首相の、西岸地区における政策に反対し、辞任を叫んだ。

しかし、ユダヤ・サマリア地区評議会のヨシ・ダガン議長は、「私は、ネタニヤフ首相の辞任ではなく、首相と閣僚たちに行動をおこす(つまり武力で西岸地区を制圧するなど)よう要求する。」と訴えた。

ダガン氏は、今のネタニヤフ政権の対応は、2000年代の第二次インティファーダ時代、何もしなかったバラク政権と同じだと訴えた。言い換えれば、このままであれば、再びインティファーダのようなテロの連続になると警告しているということである。

また、息子夫婦が銃撃され、まだ生まれる前の孫を殺されたハイム・シルバーステインさんもこのラリーに参加し、「私の孫アミアド・イスラエルは、ただの数字だろうか?政治的な紙上の合意のために、犠牲者たちはまた忘れられるのか?」と、強力な対策を求めた。

また、シルバーステインさんは、西岸地区に新しい入植地を開拓し、孫の名前をつけるよう、呼びかけている。*テロで負傷し、胎児の息子を失ったシルバーステインさんの息子夫妻は、その後順調に回復し、16日、入院中の病院で、初の記者会見を行っている。

https://www.timesofisrael.com/chants-for-netanyahu-to-resign-as-1000-protest-outside-pms-residence/

この他、西岸地区開拓前哨地の中で違法とされ、昨年2月に強制撤去させられたアモナの住民の一部が、撤去前の地に戻ってキャラバンを2つ建て、「この地は購入した土地だ。」と主張している。

https://www.timesofisrael.com/amid-palestinian-terror-settlers-set-up-2-caravans-at-razed-amona-outpost/

<イスラエル政府の対応>


ネタニヤフ首相は、13日、ユダヤ・サマリア地区評議会のヨシ・ダガン氏ら入植地の指導者たちに次のように約束した。

①テロリストが判明した場合、48時間以内に家を破壊する。
②ユダヤ・サマリヤ地区(西岸地区)にいるハマスの拘束をすすめるとともに、イスラエル軍の駐留を強化する。
③道路の防衛強化とともに、検問所を増やす。
④アル・ビレは包囲し、テロリストの家族や協力者のイスラエルへの入国許可を剥奪する。

また、まだ違法とされるオフラを含む、入植地の家屋数千件の合法化への手続きをすすめることや、西岸地区に新たに産業パークを2つ建設することに許可を出す方針なども表明している。

入植地の合法化については、マンデルビット司法長官が、2000件分について、着手する方針を決めたとシャキード法務相が発表した。しかし、具体的な情報はない。

ネタニヤフ首相は、これまでからも、約束はしたが、実際には実行しなかったというようなことが少なくなかったため、入植地の指導者たちは、約束は実現してはじめて信用できると言っている。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Netanyahu-to-increase-West-Bank-security-and-settler-following-attack-574290

<また政権崩壊の危機!?閣僚たちがネタニヤフ首相の西岸地区対策に抗議ラリーに参加>

ナフタリ・ベネット教育相  写真:Times of Israel
16日(日)、上記入植者たちの首相官邸前でのラリーに、現在、ネタニヤフ政権の閣僚と、連立に加わっている政党の議員たちが参加し、ネタニヤフ首相に、西岸地区対策を、もっと強硬に切り替えるべきだと呼び掛けた。

参加した閣僚は、ナフタリ・ベネット教育相(ユダヤの家党党首)、アエレット・シャキード法務相、ウリ・アリエル農業相、ヨアブ・ギャラント住宅相と、リクード(ネタニヤフ首相党首)、クラヌの議員たちである。

これに対し、野党の未来がある党のヤイール・ラピード党首は、これに対し、「閣僚、議員たちが自らを攻撃するとは悲しいことだ。西岸地区から近いうちに火がでることは、前から治安組織が警告していた。

問題は、ネタニヤフ首相が、外交的な対処や、アッバス議長との協力などの対処をしてこなかったことだ。今、彼らはそれを自らで抗議しているのだ。」と語った。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5426921,00.html

<死亡したイスラエル兵2人について:最後の朝のコーヒーと身代わりの死>


13日(木)に、イスラエル軍兵士2人が犠牲になったバス停のすぐ近くには、小さな移動キオスクがあった。テロの犠牲になったヨセフ・コーヘン伍長(19)と、ヨベル・モル・ヨセフ軍曹(20)は、このキオスクで、コーヒーとブレッカスを購入。その直後にパレスチナ人の車両が銃撃とともに走り去り、2人は出血して地面に倒れた。

このキオスクで2人にコーヒーを販売したラズ・シェンさんは、食べ物を買って行った2人の笑顔とその直後のテロをすべて目の当たりにしたという。

さらに、後でわかったことだが、モルヨセフさんは、自分の任務は終わっていたのだが、友人に頼まれて、この日のこのバス停での任務を引き受けていた。まさに身代わりになって死んでいったということである。

14日(金)、モルヨセフさんの葬儀はアシュケロンで行われた。副大臣のマイケル・オーレン氏などを含む2000人が参列した。

ヨセフ・コーヘンさんは、超正統派家族出身で、家族の反対を押し切ってイスラエル軍の超正統派部隊に入隊。その後は、家族から離れ、友人たちとともにベイトシェメシュに住んでいた。しかし、家族とは疎遠ではなく、犠牲になる直前も両親や親族と過ごした。

同じく14日(金)に、オリーブ山墓地で行われた葬儀で、父親で超正統派ラビ・エリヤフ・ミラブさんは、「ヨセフよ。こんな日が来るとは思いもしなかった。神は与え、また取り去るということは信じているが、実際には思いもしなかったことだった。」と泣き崩れたという。

葬儀には、超正統派、軍関係者、世俗派など様々な人々が参列していた。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5426041,00.html

<石のひとりごと>


テロで人が死亡するたびに毎回書いているが、この若い2人の兵士の明るい笑顔の写真をみていると、家族や友人たちはいったいどうこの痛みを受け止めるのだろうか。その痛みを思うとこちらにまで、深い暗闇というか、言い知れない痛みが響いてくる。

直前にコーヒーとブレッカスを買った若い二人。まさか、その直後に自分が死んでしまうとは、まったく、まったく夢にも思っていなかっただろう。家族にしても、彼らが家に帰ってくることはもう二度とない。厳しすぎる現実だ。きっと、今にもあの扉から「ただいま」と言って帰ってきそうな気がしているだろう・・

この記事を書くために、今一度ネットで検索をかけた。すると、もはや帰ってこないイスラエル兵の同じような葬儀の記事、記事、記事・・・家族や友人が抱き合って泣いている写真はどれも同じようなのだが、日付も名前も違っていた。

その一つ一つは、記事にしたと思うが、申し訳ないことに、もはやまったく覚えていない。けっこうな数であったことに改めて、痛みを覚えるとともに、イスラエルという国の存在の厳しさを実感させられた。